2012年 第59回日本生態学会大会(大津)植物生理生態学 自由集会のおしらせ

日程:2012年3月17日 15:00〜17:00

会場:龍谷大学瀬田キャンパス2号館101(Room B)

W01 植物の生理生態:植物の窒素利用研究の新しい成果
企画責任者:宮崎祐子(岡大・環境),野田響(筑波大・生命環境),田副雄士(京大・生命科学
 植物の栄養成長・繁殖成長を制御する元素は、古くはリービッヒの最小律で説明されてきた。特に植物体の約50%を占める炭素は最も要求性の高い元素と見なされ、制御要因として数多くの研究で取り扱われてきた。しかし、植物の成長は獲得炭素量の制限のみによるものではないとする見解が出され(Korner 2003)、窒素、リン、カリウムなど様々な元素が成長に及ぼす影響について、より重要視されてきている。その中でも特に、クロロフィルやRubisco といった光合成系タンパク質を構成する窒素は、光合成において最も重要な元素のひとつであり、実際に、窒素栄養が不足すると光合成や成長速度が遅くなることが報告されている。また、いくつかの種において、葉のような栄養成長を担う器官よりも、花や果実といった繁殖器官の方が窒素の占める割合は高いことが報告されており、このことから窒素は繁殖に対しても不可欠な元素であると言える。さらに現代社会において、温暖化や二酸化炭素濃度の上昇、窒素降下物の増加など、地球規模での環境変化が問題視されており、将来的な植物の窒素利用変化予測について注目が集まっている。本集会では、「植物の窒素利用」という基礎的で古典的なテーマにおいて近年明らかにされたことを整理し、それらをふまえた上で、今後の研究の展望などについても議論したい。

コメンテーター:彦坂幸毅(東北大・生命科学

植物の窒素安定同位体比を用いた窒素源推定の試み
木庭啓介(東京農工大・農)

湿性植物における根呼吸特性とN 獲得戦略
中村 隆俊(東農大・生物産業)
*プログラム掲載時より変更

結実の豊凶はなぜ起こる?−窒素制限仮説の検証−
韓慶民(森林総研


***発表要旨***

植物の窒素安定同位体比を用いた窒素源推定の試み
木庭啓介(東京農工大・農)

植物がどの窒素を吸っているか、という問題については様々な立場から興味を持って研究がなされてきたが、実際の生態系、とくに窒素が比較的少ない森林生態系において、植物がどの窒素源を吸収しているか、を議論することは未だに難しい。
植物の窒素安定同位体比は、利用している窒素源の窒素安定同位体比によって決定されると考えると、植物と窒素源双方の窒素安定同位体比を測定することで、植物の窒素源判定が、トレーサーを利用することなく判定することが可能であると考えられ、これまで研究がなされてきていたが、土壌のアンモニウム、硝酸といった窒素源の窒素安定同位体比測定は煩雑であり、なかなか進展が見られなかった。しかし近年、微量の窒素で窒素安定同位体比が測定できるようになり、様々な生態系で、窒素安定同位体比を用いた植物の窒素源判定が行われはじめている。
実際、日本の森林で測定を行ってみると、比較的窒素が多い森林においては、植物がアンモニウムから硝酸へとその窒素源をシフトしているさまが解析でき(Takebayashi et al. 2010 RCM)、この手法の有効性が示された。しかし、まだ多くの問題点があり、非常に窒素可給性が低い森林、逆に大量の窒素が過剰に供給されている森林では、植物の窒素安定同位体比は土壌中の窒素源では説明がつかないことがあり(Koba et al. 2010 RCM)、より詳細な検討が必要であるのが現実である。現在我々のグループでは、窒素源の中でも硝酸のみに焦点を絞り、同位体比測定による新しい解析を模索中である。植物体内では硝酸は生成されないことから、植物体内に存在する硝酸は、硝酸吸収の証拠と考えられるが、低濃度の植物体内硝酸を測定することは容易ではなかった。我々のグループでは、脱窒菌法による硝酸濃度・窒素酸素同位体比測定を植物体内硝酸の測定に適応し、コケの硝酸源(雨硝酸か土壌硝酸か:Liu et al. 2012 Environ. Poll.))、木本植物の硝酸還元場所(葉か、根か:Liu et al. Biogeochemistry, in press)を展開している。土壌中に硝酸がほとんど認められない生態系においても、植物中の硝酸濃度が確認され、その同位体比から植物が硝酸を同化していることがあり、これまで用いられていた植物への窒素可給性の測定手法は、少なくとも硝酸についてはおそらく過小評価をしており、より正確な指標作りが必要であることを強く示唆している。


湿性植物における根呼吸特性とN獲得戦略
中村 隆俊(東農大・生物産業)

 水生植物や湿性植物が生育する湖沼や湿原といった湛水土壌は、低酸素・還元環境である。水生・湿性植物は、低酸素土壌環境への適応機構の一つとして、通気組織を発達させ、地上部から地下部への酸素供給(給気)を行っている。これまで、水生・湿性植物の低酸素土壌への適応機構は、地上部からの給気に関する研究アプローチがほとんどを占めていた(Armstrong et al. 1978,1992, Sorrell and Brix.2003)。しかし、給気能力の高い種ほど、より低酸素環境に適応するとされる一方で、実際のフィールド現場では給気能力の異なる種が同所的に生育することも多い。従って、給気能力の評価だけでは、水生・湿性植物の低酸素耐性機構を十分に説明できないことがわかってきた。そこで、演者らは、地上部から根に供給された酸素の消費特性、特に根の呼吸による酸素消費の評価に着目している。
 供給された酸素の大半は根の呼吸で消費され、呼吸で得られるエネルギーは、根の成長・根の維持・窒素獲得に分配される。なかでも、窒素獲得に対しては多くのエネルギーが配分される(Poorteret al. 1991)。一般に、植物はアンモニア態Nと硝酸態Nの両方を利用することができるが、吸収・同化に必要なエネルギー量は両者で異なる(Taiz and Zeiger 2006)。従って、水生植物にとって、吸収する窒素形態の違いは、根の酸素消費を左右する大きな要因となる(Nakamura et al. 2010)。また、一般に窒素を多く獲得するためには、根単位重量あたりの窒素吸収活性を高めるか、または根を発達させる必要がある。しかし、水生・湿性植物にとって、根の発達は、根の維持や成長に必要な酸素量を増やすことになる。従って、湿性・水生植物の根における酸素の効率的な利用は、地上部からの給気能力に応じた最適な窒素獲得様式によってもたらされると予想される。
 また、一般に呼吸速度は温度上昇により指数関数的に高まるが、その反応の主たる要因はバイオマス維持に関わるエネルギー消費の急増であるといわれている(Amthor
2000)。従って、根で利用可能な酸素量が制限される水生・湿性植物では、温度上昇による根の維持エネルギーの消費急増が、窒素獲得や根成長に関する活性を強く抑制する可能性がある。このことから、温暖な地域に適応する個体ほど、少ない酸素消費で効率的に窒素獲得や根成長を行う必要があるのではないかと考えられる。
 本集会では、窒素獲得と根の呼吸特性からみた水生・湿性植物における低酸素耐性戦略について、以上の視点を交えながら報告したい。


結実の豊凶はなぜ起こる?−窒素制限仮説の検証−
森林総合研究所 植物生態研究領域 韓慶民

結実豊凶(マスティング)とは、植物個体群において、結実量が年ごとに大きく変動する現象である。この現象を説明するために、進化生態学の尺度から、捕食者飽食仮説や受粉効率仮説などが提唱された(Kelly 1994)。一方、マスティングを引き起こす至近要因については、気象条件の年変動などによって植物の利用可能な資源量が変動した結果とした資源適合仮説があるが、多くの種では、豊作年と凶作年における結実量の差が気象条件由来の変動より大きいため、環境の変動だけでは説明がつかない(Kelly & Sork 2002)。また、種子生産は大量の資源を必要とするために、繁殖に必要なレベルまでに資源量を貯蔵するのに一年以上の期間がかかることが結実豊凶の要因とする資源蓄積仮説も提示されている(Isagi et al. 1997)。一方、枝レベルでは、種子生産における炭素資源の自律性が数樹種で報告されている(Hoch 2005)。また、摘葉や環状除皮など処理によって、非繁殖枝の当年生光合成や幹・根の貯蔵資源が種子生産に貢献することも明らかにされている(Miyazaki et al. 2002; Hoch 2005)。以上の結果から、炭素資源のほかにマスティングの要因があると考えられる。
葉の窒素濃度は光合成生産に大きく影響する要因である。また、リターフォールの窒素量は、豊作年には凶作年の2倍にも達することと(Yasumura et al. 2006; Han et al. 2008)、施肥がブナの豊作周期を短くしたことから(橋詰1991)、窒素など栄養塩はマスティングの要因であるかもしれない。更に、葉の展開初期には土壌から吸い上げた窒素より、貯蔵窒素を高く依存していることも明らかにされている(Millard 1996; El Zein et al. 2011)。以上の結果から、種子生産の資源は当年生光合成産物(炭素)・土壌からの吸い上げ(窒素)、樹体内の貯蔵炭素・窒素、あるいはその両方が貢献していると考えられる。そのため我々は、結実間隔の長いものに分類されているブナ(Fagus crenata, F. sylvatica)を対象に,種子生産の炭素・窒素のソース、結実による炭素・窒素の貯蔵量への影響、繁殖に対する資源分配のパターンや繁殖コスト,個体の維持機構および繁殖戦略について評価し,結実豊凶のメカニズムを明らかにする研究を行っている。本集会では、豊作が炭素・窒素の貯蔵量に及ぼす影響について報告したい。

引用文献
El Zein et al (2011) Tree Physiol., 31, 1390-1400.
橋詰 (1991)ブナ林の自然環境と保全. ソフトサイエンス社
Han et al (2008) Tree Physiol., 28, 1269-1276.     
Hoch G. (2005) Plant, Cell Environ., 28, 651-659.
Isagi et al (1997) J. Theor. Biol., 187, 231-239.     
Kelly D. (1994) Trends Ecol. Evol., 9, 465-470.
Kelly D. & Sork V.L. (2002) Annu. Rev. Ecol. Syst., 33, 427-447.
Millard P. (1996) Zeitschrift für Pflanzenernährung und Bodenkunde, 159, 1-10.
Miyazaki et al. (2002) Ann. Bot., 89, 767-772.     
Yasumura et al (2006) Forest. Ecol. Manag., 229, 228-233.

集会(2011年札幌大会)後の懇親会のお知らせ

下記の集会(2011年札幌大会)後、懇親会を設けています。
こちらもどうぞお越しください。
終了後、一緒に懇親会会場まで移動します。

懇親会会場:

四季の蔵
電話番号:011-221-1888
http://www.hotpepper.jp/strJ000027633/?vos=dhppmmgmz10111105

2011年 3月 9日 水曜日
20時 30分 から

2011年 第58回日本生態学会札幌大会 植物生理生態学自由集会のお知らせ

第58回日本生態学会札幌大会において開催される、植物生理生態学自由集会についてお知らせします。
みなさまどうぞお越しください!

日程:2011年3月9日 18:00〜20:00
会場:札幌コンベンションセンター J 会場

タイトル:植物の環境応答 ー 同位体分析が解き明かす生理生態的プロセス

企画者: 野田響(筑波大・生命環境)、宮沢良行(九大東ア環研)、宮崎祐子(北大・地球環境)、鍋嶋絵里(東京農工大学

集会要旨:
植物の環境応答に関する生理生態学的な研究は,広範な空間的スケール(細胞から生態系まで)と時間的スケール(秒から年まで)を網羅しながら,様々な生態 学的現象の解明や気候変動影響予測など,多岐にわたるテーマへのアプローチを可能にしてきた。中でも,近年の炭素・窒素・酸素の同位体分析手法の導入は, 物質の由来の特定などにより,過去にさかのぼったプロセス解明も含む,より広範な時間・空間スケールで,より詳細な生理生態的プロセスの解明を可能にして いる。現在では,同位体分析と従来の生理生態学的手法とを組み合わせた研究により,植物の環境応答のダイナミックなメカニズムの理解が飛躍的に進歩しつつ ある。本集会では,同位体分析をツールとした植物の環境応答研究において精力的な研究を展開している研究者3名による,(1)炭素安定同位体法による葉内 のCO2拡散の物理的抵抗の推定,(2)樹木の年輪炭素同位体分析による古環境の復元,(3)安定同位体比による乾燥地に生育する樹木個体の水利用戦略の 解明のそれぞれのテーマについての最新の研究手法および成果の紹介を中心とした講演を予定している。これらの講演を通して,同位体をツールとした研究が持つ可能性について理解を深め,今後の展望について議論を行う。

コメンテーター:半場祐子(京都工芸繊維大学


炭素安定同位体法を用いた、葉内CO2拡散モデルの解析
田副 雄士(京都大学大学院 生命科学研究科 統合生命科学専攻)

植物の光合成において、気孔から入ってきたCO2は、細胞間隙中を拡散によって移動し、葉肉細胞の細胞壁表面に付着している水に溶けた後、細胞膜、細胞質、葉緑体の包膜を通り、最終的に葉緑体内のRubiscoによって固定されるが、この一連のCO2の拡散移動には、気孔と同程度の物理的抵抗が生じている。このような、葉内におけるCO2拡散の物理的抵抗の逆数は、葉内CO2コンダクタンス(mesophyll conductance; gm)と呼ばれ、炭素安定同位体法を基に構築された、葉内CO2拡散モデル(Evans et al. 1986)により見積もることができる。gmは、葉内におけるCO2の拡散に大きく寄与しており、気孔に次ぐ第二の光合成律速要因として、注目されている。
gmはCO2拡散の物理的抵抗を反映しているため、葉の形態的特徴、例えば葉肉細胞の細胞壁の厚さや、細胞間隙に接する葉緑体の面積により決定すると考えられてきた。しかし、近年、植物細胞の細胞膜や葉緑体の包膜に局在する、水を通す小孔(アクアポリン)が、CO2も透過させている可能性が指摘された(Terashima & Ono 2002)。これを裏付けるように、アクアポリンを増強させたイネの形質転換体では、gmが大きくなり、光合成速度も増加したと報告されている(Hanba et al. 2004)。これらの仮説が正しければ、アクアポリンの活性変化により、gmも変化する可能性が高い。最近では、Tunable diode laser absorption spectroscopeといった、高性能のレーザー分光装置の普及のお陰で、同位体比の検出精度や測定速度が飛躍的に向上し、詳細なgmの解析が可能となった。そこで、より正確なgmを見積もるために、一般的にgmの計算に用いられている葉内CO2拡散モデルの改良への機運も高まっている。今後、gmに関しては、形質転換体を用いた研究や、葉内CO2拡散モデルの改良により、従来までの定説が覆される可能性もある。



樹木年輪炭素同位体比を用いた東シベリアタイガ林の過去の土壌水分量復元
鄭 峻介(北海道大学大学院環境科学院)

東シベリアタイガ林は、内陸性の乾燥気候帯に位置している。そのような、乾燥地域においては樹木の年輪炭素同位体比は土壌水分量、降水量などの水分環境によって主に規定されていると考えられている。本発表では、東シベリアタイガ林の優占種であるカラマツ(Larix cajanderi)の年輪炭素同位体比を指標として過去の土壌水分量を推定した結果とその妥当性について考察し、古環境復元の指標としての樹木年輪炭素同位体比の有用性について議論する。



安定同位体比から見る乾燥地植物の水利用:蒸散抑制,吸水における不定根の役割,夜露の利用,葉からの吸水の解明に挑む
松尾奈緒子(三重大生物資源)、大橋達矢(三重大生物資源)、楊霊麗(岡山大環境)、吉川賢(岡山大環境)、張国盛(内蒙古農業大)、王林和(内蒙古農業大)

乾燥地域は気温の日較差が大きいため夜間から早朝にかけて地面や葉面上で相当量の水が結露する。利用可能水分量の少ない乾燥地植物にとってこの露は重要な吸水源である可能性が高い。そこで,乾燥地植物がこの露をどの程度,どのような経路で(主根から?不定根から?気孔から?気孔とクチクラから?)利用しているかを解明するため,中国内蒙古自治区・毛烏素沙地において臭柏(Sabina vulgaris Ant.)を対象として茎内水,葉内水,土壌水,露,水蒸気の酸素安定同位体比の分析と樹液流速度や蒸散速度,葉の水ポテンシャル,葉の含水率などの植物体内の水分動態の観測を行った。まだ解析中であるが,今回の発表では樹液流速度や葉の水ポテンシャル,葉の含水率などの変動や,茎内水の酸素安定同位体比と露の酸素安定同位体比の比較,蒸散の際の同位体濃縮および葉内での水の移流・拡散,葉の含水率の時間変化の影響を考慮した葉内水の酸素安定同位体比の理論値と実測値の比較などから,臭柏が夜間に葉から露を吸収している可能性について考察したのでそれを紹介したい。

2010年 第57回日本生態学会東京大会 植物生理生態学自由集会のお知らせ

 第57回日本生態学会東京大会において開催される、植物生理生態学自由集会についてお知らせします。
みなさま、お誘い合わせのうえ、是非ご参加下さい。


日程:2010年3月15日 17:15〜19:15
会場:東京大学駒場キャンパス5号館523号室(A会場)


集会タイトル:「フラックス研究の中の植物生理生態学〜他分野との連携の現状と今後の展望〜」

企画者;宮沢良行(九大・演習林),野田響(岐阜大・流域圏セ),宮崎祐子(北大・創成)


集会要旨:
 植物生理生態学は,生態学的な現象を植物生理学的な手法および視点によって解明する学問分野である。扱う現象と物理的な環境条件との因果関係を,生理的なメカニズムから定量的に明らかにすることにより,個葉,個体から群落,生態系に至るまで,様々な時間・空間スケールにおける生態現象の解明に貢献してきた。地球規模の気候変動の生態系機能への影響の理解においても,植物生理生態学的な視点は重要な役割を果たす。生態系の炭素収支は,その生態系を特徴付ける植物の生理生態学的な特性に依存するため,フラックス観測結果の解析や炭素収支モデルシミュレーション解析における植物生理生態学的な知見やデータの貢献は大きい。現在,生態系の構造と機能,また,それらに対する気候変動の影響の解明や予測は,環境動態科学の最重要課題のひとつである。これに取り組むためには,植物生理生態学を得意とする研究者と,生態系生態学や気象学,リモートセンシングなどの研究アプローチを得意とする研究者や研究ネットワークとの連携を深めて新しい複合領域を発展させていくことが期待されている。
 本集会では,タワー設備を用いた微気象学的な手法(渦相関法)によるCO2フラックス観測,陸域生物圏モデルと衛星観測を組み合わせた炭素収支モデルシミュレーション,そして個葉の生理生態学的特性の測定からのプロセス研究について,それぞれの研究者の講演を通じて,生態系機能研究において,植物生理生態学に期待される役割や連携の今後の展望について議論を行う。


コメンテーター;寺島一郎(東京大学),三枝信子(国立環境研究所)


「個葉から地球までをつなぐ陸域炭素循環研究:その1
 〜タワーフラックス観測ネットワークを利用した統合解析〜」平田竜一(北大院農)
 渦相関法を用いたタワーフラックス観測は、気候変動に対する陸域生態系の炭素・水収支の変化の把握に非常に有効な手法である。1990代後半以降、地球環境問題への関心が高まるとともに、タワーフラックスの長期観測は熱帯から亜寒帯までの様々な陸域生態系を対象として急速に広まった。現在では世界で300以上のタワーが設置され、FLUXNETと名づけられた研究ネットワークを形成している。フラックス研究が活発になり15年以上が経つが、この研究分野は衰えるどころかなお発展している。これは単一の観測サイトによるケーススタディに始まったフラックス研究が、サイト間比較等の共同研究や、植物生理学、土壌学、衛星観測、生態系モデルなど異分野間との共同研究など、所属機関や分野を横断した統合的研究が弾力的に行われるようになったためである。一方で、統合解析で得られた知見がサイト研究にフィードバックされ、新たな課題や視点での研究が必要とされている。例えば、タワー観測から得られたフラックスの季節変化や年々変動の要因解釈は、植物生理学的・土壌学の長期的な情報が足りないため不十分であることが多い。また、衛星観測や陸域生態系モデルの検証には、主に生態系規模でのタワーフラックスデータが使用されるが、個葉の光合成パラメータや土壌、根、微生物呼吸など各コンパートメントのフラックスなどは用いられることが少ないため、まだ不確定要素が大きい。また、フェノロジーアロケーションなど、不明瞭なプロセスもフラックスの解釈やモデルの精度向上を難しくしている。地球規模での陸域生態系の物質収支の研究のさらなる発展のためには、個葉スケール(植物生理生態研究)、生態系スケール(タワーフラックス研究)、大陸スケールの研究(衛星・モデル研究)の長期的な協力が不可欠になってきている。


「個葉から地球までをつなぐ陸域炭素循環研究:その2
 〜衛星観測とモデルを組み合わせた広域解析〜」 佐々井崇博(名古屋大学大学院環境学
陸域生物圏モデルと衛星観測を組み合わせて1kmメッシュ計算を行い、陸域炭素収支量の空間パターンを解析した。モデルは、独自開発したモデルBEAMS (Sasai et al., 2005, 2007)を用いる。本モデルは、入力値に衛星観測値を必要とする診断型タイプの陸域生物圏モデルである。陸域生態系内の炭素、水、熱プロセスを再現し、各プロセスが必要に応じてリンクする。本研究では、BEAMSを用いて1kmメッシュの広域解析を行った。解析期間は2001〜2006年、対象地域は日本周辺域、時間ステップは1ヶ月である。GPP、NPPの空間分布は、北部から南部に向かうほど大きい値を示した。気温に呼応して光合成が活発化することを考えれば妥当な傾向である。また、主な平野部や山岳地域の一部では局所的に小さい値を示した。平野部では都市化によって植生密度が減少している。山岳地域では気温が低いことに加え、森林限界によって高木が育たない。それらが原因となり、炭素吸収量が低くなったと思われる。本データをもとに、各年のGPPアノマリーを計算した。2003年に本州から朝鮮半島にかけて例年よりも大幅に低い値を示した。既存研究では、2003年に梅雨前線が長期間停滞して冷夏であったと言われている。そこで、日射量と合わせて2003年7月のGPPデータを解析したところ、日射量とGPPはほぼ同様のパターンを示した。日射量が減少すれば光合成活動が抑えられ、植生の炭素吸収量が下がることから、冷夏時にGPPが減少した主な要因は日射量の減少であると考えられる。以上の結果から、ローカルスケールの陸域炭素収支量を評価する上で、モデルと衛星観測を組み合わせた本アプローチは有効であることがわかった。


「個葉から地球までをつなぐ陸域炭素循環研究:その3
 〜森林CO2フラックスの季節・年変動の生理生態学的解釈〜」 野田響(岐阜大学流域圏セ)
落葉広葉樹林は日本を含む東アジア地域の代表的な森林タイプのひとつである。落葉性の森林においては,森林全体の炭素吸収量が気象条件(気温,日射量,融雪時期,生育期間の長さなど)の年変動に応じて大きく変動することが,様々な森林において行われてきたCO2フラックスの長期的な観測により明らかにされている(Carrara et al. 2003; Griffis et al. 2003; Black et al. 2003; Saigusa et al. 2005)。また,長期の学際的な炭素循環研究が行われている岐阜大学高山試験地(岐阜県高山市)の落葉広葉樹林においては,森林の炭素吸収量の年変動は,森林の葉の総量の変動とは一致しない一方で,年間の樹木の木部バイオマス蓄積量(=成長量)の変動とよく一致することが示唆された(Ohtsuka et al. 2009)。これらの研究は,森林全体のの炭素吸収量は,樹木の着葉期間(展葉から落葉)と個葉の光合成能力,および光合成活性の季節変化(=フェノロジー)に強く依存することを示唆している。そこで講演者らは,高山試験地の落葉広葉樹林において,林冠の優占種であるミズナラおよびダケカンバの個葉の光合成特性(Vcmax,暗呼吸速度)およびLMA(leaf mass area),クロロフィル含量の測定を,6年間(2003-07, 2009)に渡り,季節を通じて行った。その結果,ミズナラ,ダケカンバ共に,光合成能力の成長速度や最大値に達する時期が年によって大きく異なることが明らかになった。さらに,これらの年変動が森林全体の総生産量(GPP)に与える影響をシミュレーションモデルLSMにより検討したところ,特に展葉期において,個葉の光合成特性の年変動が大きく影響することが示された。今後は,葉群フェノロジーの決定機構の解明を通じて,気候変動が生態系機能に及ぼす影響を検討することを予定している。


***集会終了後、懇親会を予定しています***

場所:黄金の蔵 渋谷南口店
http://sankofoods.com/shop/kin/kin_shop20.html
時間:20:00〜

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2008年福岡大会要旨集

企画集会 T02-1
「植物の吸水機能に着目して地上部と地下部の結びつきを考える」  村井麻里(東北農研)

 土壌水分が潤沢にあっても、植物は水を自由に吸い上げられるわけではなく、根の表面積の拡張やアクアポリン(タンパク質でできた生体膜の水透過孔)の多量発現など、吸水を促進するためのコストを投資することにより、ようやく高い気孔コンダクタンスと蒸散速度を実現しているように思われる。気孔を大きく開口することで、植物は光合成、生長を促進することができる。またその結果として、植物群落からの蒸散量は最大で水面蒸発に匹敵するほどの大きさに達する。

 植物体内で水を流れやすく(通水抵抗を低減)することは、光合成・生長にとって有利であるが、水欠乏の環境に遭遇した場合には水の逆流を防ぐなどの保水対策を講じることが生存に不可欠と考えられる。したがって、通水抵抗は小さいほどよいというわけでもなく、むしろ植物は、めまぐるしく変動する環境条件の違いに応じて体内の水の流れを自在に調節する必要があるのではないかと思われる。

植物のアクアポリンは、他の生物種に比べて分子種が多いことが特長で、微生物・単細胞緑藻では数種、ヒトでは13種であるのに対して、イネなどの高等植物では30種以上ものメンバーが存在し、大きなタンパク質ファミリーを形成している。これらのメンバーによって発現部位や水透過活性などが異なることも明らかにされつつある。私達のグループでは、吸水と保水の調節機構におけるアクアポリンの役割を具体的に明らかにすることをめざして、おもにイネを対象作物として研究を進めている。イネ根のアクアポリンの発現量は、地上部の蒸散要求量に応じて増加するもの、減少するもの、変化のないものなど、分子種によって様々で、必ずしも一斉に発現調節されるわけではないことが最近分かってきた。

今回は、植物の吸水機能とアクアポリンに関連した研究を通じて、地上部と地下部のむすびつきについて考えてみたい。


企画集会 T02-2
「葉っぱと根っこはつながっている!:根の呼吸速度の日中低下とその要因」  別宮(坂田)有紀子(都留文科大)

 演者らは、ヒノキとミズナラの根の呼吸速度が日中低下する現象を発見し、生態学会新潟大会(2006年)と松山大会(2007年)で報告した。両種の根の呼吸速度は、光合成速度が上昇する明け方に急激に高くなり、光合成速度が低下する日中に低下するという傾向が春〜秋にかけて見られた。ヒノキとミズナラだけでなく、シラカバ、イヌツゲの稚樹でも根の呼吸速度の日中低下が観測されている(未発表データ)。これらのことから根の呼吸速度の日中低下は常緑・落葉に関わらず木本種で広範におこっている可能性が示唆される。さて、それでは根の呼吸速度の日中低下をもたらしている要因は何なのだろうか?

 演者らは光合成の日中低下と何らかの関係があるのではと考え、2005年にヒノキとミズナラの林冠木を対象に個葉の光合成速度と根の呼吸速度を同時に測定した。さらに2007年には、両種の稚樹を用いて樹冠の光環境を制御しながら、根の呼吸速度と光合成速度を同時に測定し、光合成速度や蒸散速度、気孔コンダクタンス等のパラメーターと、根の呼吸速度の関係を調べた。その結果、根の呼吸速度は、光合成速度ではなく、蒸散速度に反応して増減していることが確認された。蒸散速度の低下がどのように根の呼吸速度の低下をもたらしているのか、その生理的機構に関してはまだ明らかになっていないが、演者らは現在、蒸散流による水や栄養塩の吸収・輸送に伴うエネルギー利用・生産と関係しているのではないかと考えている。


企画集会 T02-3
「根粒形成制御における地上部と地下部のコミュニケーション」  吉良(岡) 恵利佳(東大・院・理)

 マメ科植物は、根に根粒菌との共生器官である根粒を形成する事により、根粒菌が固定した大気窒素を養分として受け取る事ができる。しかし、根粒の器官分化や窒素固定を支えるエネルギーの提供は植物側のコストとなり、過剰な根粒形成は植物の生育を妨げる。そこで植物は、根粒形成抑制機構を備え持つ事により、自身の生育や環境に見合った根粒数に止めて共生のバランスを保っている。根粒形成抑制機構のうち、一旦充分な数の根粒菌が感染するとその後の新たな感染が抑制される機構(根粒形成のオートレギュレーション)は、個体の根粒数に大きく影響する事が知られている。

 根粒形成抑制機構の研究は、抑制が働かない為に根粒数が著しく増加する『根粒過剰着生変異体』を中心に進められてきた。生理学的解析から、オートレギュレーションによる抑制が根とシュート間の遠距離シグナリングを介した全身的なものである事、抑制物質は地上部の中でも葉で作られる可能性が高い事、菌の分泌するNodファクターが根粒形成の開始と抑制の両方に関与する事等が示された。モデルマメ科植物ミヤコグサを用いた分子遺伝学的解析からは、地上部で機能する2つの受容体型キナーゼHAR1とKLAVIER(KLV)が抑制に関与する因子として特定された。その他に、CLE遺伝子群に属するペプチド性因子やCLV2様遺伝子(受容体様タンパク質をコード)の関与も逆遺伝学的解析により示唆された。中でもCLEペプチドは、根粒菌感染により根で特定のCLE遺伝子の発現が上昇し、過剰発現によりシステミック且つHAR1・KLV依存的に根粒形成を抑制する効果が観られた事から、感染を地下部から地上部へと伝える遠距離シグナル因子の候補と考えられる。このような知見に基づき、現在予想されている根粒形成とその抑制に関するモデルを紹介する。


企画集会 T02-4
「樹木細根系の生理機能と生態系機能における異質性 〜根には葉と枝のような機能ユニットはあるのか?〜」  菱 拓雄 (九大・演習林)

 これまで樹木細根の研究は直径階による類別が主流で、1-2mm以下の直径をもつ根を「細根」として生理的に同一の器官として扱ってきた。しかし直径階による類別は概して便宜的に行われており、生理的な説明背景をもっていなかった。近年の研究から、細根は直径階が同一でも呼吸速度、吸収能、死亡率が細根を構成する個々の根で大きく異なることが示されてきている。本発表では、同一細根系内の分枝位置の異なる個根の生理的及び生態学的機能の違いと、それらの関係について概説する。

 樹木細根系の吸収能、呼吸速度などの生理機能は、先端側から基部側に向かって低下する。また、C/N比、リグニン含量は増加する。分枝位置における、これらの変化は、主として加齢とそれに伴う一次組織から二次組織を中心とした組織構成の変化による。

一方で、個根の寿命は、根の先端から基部に向かって長くなり、細根系内の寿命の違いは数週間から数年というオーダーで異なることが知られている。ヒノキ細根系内の個々の根の動態を調べた結果、このような寿命の違いは、分枝位置によって二次成長しない個根、する個根、という先天的な生活環における違いが一因であった。

個々の根の生活環の違いは、それぞれの死亡時における組織構造や化学性の違いを意味し、土壌における分解基質としての役割の違いに反映される。細根系における物質循環上の役割は、根系構造内の機能の違いによって異なる。

これらのことから、先端に吸収型の根が配置され、基部側に支持通導型の根を配置する細根系構造は、単純に頂端分裂組織からの距離に従う加齢傾度によるのではなく、個根の寿命と再生の違いを介して、断続的な齢構成によるものであり、細根系構造内の生理、生態系機能の違いを生じていると捉えられる。

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 Website編集委員一同

2008年 福岡大会での企画集会

第55回日本生態学会福岡大会における生理生態企画集会
「根がからむ水と栄養塩吸収の生理生態 〜地上部と地下部のネットワークのために〜」

2008年3月14日 16:15-18:15 福岡国際会議場にて


講演者:

・植物の吸水機能に着目して地上部と地下部の結びつきを考える  村井麻里(東北農研)

・葉っぱと根っこはつながっている!:根の呼吸速度の日中低下とその要因  別宮(坂田)有紀子(都留文科大)

・根粒形成制御における地上部と地下部のコミュニケーション  吉良(岡) 恵利佳(東大・院・理)

・樹木細根系の生理機能と生態系機能における異質性 〜根には葉と枝のような機能ユニットはあるのか?〜   菱拓雄(九大・演習林)

コメンテーター:   石田厚(森林総研)・ 小山里奈(京大・院・情報)


概要

植物体の地下部は、地上部に水分と養分を供給し個体を支持する重要な役割を持つ。水分供給は、気孔の開閉を介した光合成生産速度への影響、細胞の膨圧を介した成長への影響等様々な面で地上部に影響する。栄養塩供給は、窒素やリンを中心として、地上部および個体全体の生産・成長速度をしばしば律速する。

また、光合成活性の変化など、環境の変化に対する地上部の応答は水分や養分の需要変化をもたらすため、これに合わせた地下部の応答が求められるはずである。このように植物個体の地上部と地下部には相互に密接な結びつきがある一方で、地上部と地下部を結びつける研究は進んでいないのが現状だと言える。

これを進めるためには、根のどのような生理的・形態的性質が水や栄養塩の吸収能力を決定するのか、水や栄養塩の吸収にかかるコストはどのようなものなのか、菌根菌・根粒菌等の土壌生物との関係がこれらにどのように影響するのかを知る必要がある。

近年これらのアプローチにおいて、 地上部と地下部の生理的な結び付きに示唆を与える重要な結果がいくつか発表されている。本集会では、その中から4人の方々にお集まり頂き、根の水分と養分の吸収機能に関連した最新の研究を紹介して頂くとともに、地上部の研究者がどのように地下部の影響を考慮しなくてはならないか議論して行きたいと考える。


企画者: ☆小口理一☆齋藤隆実☆谷友和☆宮沢良行☆鍋嶋絵里