2021年 第68回日本生態学会大会(岡山) 植物生理生態自由集会のお知らせ

植物生理生態― 生態学研究におけるモデル生物としてのスギの可能性
Plant Ecophysiology – Potential of Cryptomeria japonica as a model organism in ecological research

ESJ68 自由集会 W12


 純一次生産や物質循環といった生態系機能は究極的には生物進化の産物であり、生態学的プロセスの解明には進化的プロセスの理解が欠かせない。環境の不均一性や種の歴史的背景(系統・地史)は、形質(表現型)変異を促し、翻って形質は生態系機能に影響を与えると考えられる。遺伝子-形質-生態系機能のリンクを実証するためには、歴史変遷、遺伝・生態情報に関する研究が精力的に進められているモデル生物を使うのが有効である。
 日本の国土の64%は森林で覆われているが、スギの天然林・人工林はその森林面積のうち17%を占めており、日本の森林生態系の主要な構成種の一つといえる。また、スギは東北地方から九州地方まで幅広く分布し、広い環境傾度に適応して分布している。さらに、スギは切り枝を使った挿し木が容易であり、クローン個体の作成が比較的容易である。これらの特徴から、スギは一連の生態学研究を行えるモデル生物としてのポテンシャルを秘めている。
そこで、本自由集会では、1)スギの系統地理や局所適応、2)スギの系統間の成長の違いにかかわる生理生態的メカニズム、そして3)スギの遺伝的変異が森林の生態系機能へ与える影響について、現状の知見を横断的に俯瞰し、モデル生物としてのスギに今後期待できることや課題を認識することで、生理生態学研究のスケーリングついて展望する。


[W12-1]
産地試験地を用いたスギの機能形質の遺伝解析
Association genetics of ecological functional traits in Cryptomeria japonica


*内山憲太郎(森林総合研究所), 韓慶民(森林総合研究所), 楠本倫久(森林総合研究所), 中尾勝洋(森林総合研究所), 上野真義(森林総合研究所), 津村義彦(筑波大学
*Kentaro UCHIYAMA(FFPRI), Qingmin HAN(FFPRI), Norihisa KUSUMOTO(FFPRI), Katsuhiro NAKAO(FFPRI), Saneyoshi UENO(FFPRI), Yoshihiko TSUMURA(Tsukuba Univ.)


現在は日本と中国の一部地域にのみ自然分布するスギであるが、かつてのスギ属はユーラシア大陸に広く分布していたことがわかっている。スギの直接の祖先種は少なくとも500万年前には日本列島に存在しており、その後の氷期間氷期サイクルの間、分布を大きく変化させてきたと考えられる。現在のスギ天然林の遺伝解析からは、4つの遺伝的系統(北東北日本海側、日本海側、太平洋側、屋久島)の存在が指摘されている。DNAマーカーを用いたコアレセント解析によると、これらの遺伝的系統は過去数万〜数十万年前の分岐によって形作られたと推定されている。また、化石花粉および生態ニッチモデリングによると、氷期にはスギの分布の中心は西南日本日本海側にあり、それ以外の北東北、太平洋側、屋久島などの地域では、集団サイズが大きく縮小していたと考えられている。これらのことより、現在の遺伝的系統の形成には、氷期の分布縮小による集団の隔離が大きな影響を与えていると予想された。他方、これらの系統は気候的にも大きく異なる地域に分布しており、長い年月の間に、それぞれの環境から異なる自然選択圧を受けてきたと考えられる。広域に分布する植物種では、しばしば自生環境への遺伝的適応を示す局所適応が認められる。スギにおいても産地試験地の解析を通して、局所適応が検出されている。しかしながら、スギのどのような形質に自然選択が働いているかはよくわかっていない。そこで、スギ天然林の挿し木苗からなる産地試験地において、冬期の強光阻害の防御物質であるカロテノイドと、生物的ストレスの防御物質であるテルペノイドについて、その組成と量を測定し、ゲノムワイドな遺伝情報との関連解析を行った。その結果、いずれの物質もその組成や量には地理的傾向が認められ、そのうちの一部の物質と強い相関のある遺伝子座も複数検出された。


[W12-2]
スギの系統による森林生産の違いとその要因分析
Mechanisms underlying the genetic differences in forest productivity in Cryptomeria japonica plantations


*小野田雄介(京都大学), 田中一成京都大学), 平岡裕一郎(森林総研・林木育種セ, 静岡県立農林環境大), 松下道也(森林総研・林木育種セ)
*Yusuke ONODA(Kyoto Univ.), Issei TANAKA(Kyoto Univ.), Yuichiro HIRAOKA(FFPRI. FTBC, Shizuoka Prof. Univ. Agri.), Michinari MATSUSHITA(FFPRI. FTBC)


スギは日本で最も広い面積に植栽されている有用樹種であると共に、自然分布域が広く、遺伝的多様性も高く、生態学的にも重要な研究素材である。戦後の木材供給不足を補うために、1950年代より国家的事業として、全国から成長が良いスギが選抜され、その中から、特に優れたものを精英樹として、全国の植林地の苗供給や、更なる品種改良に用いられている。スギの精英樹の選抜には成長の良さなど複数の基準で行われてきているが、なぜ成長の良さに違いがあるのか、そのメカニズムは未解明な部分が多い。また森林では、常に隣接個体と競争・干渉するため、集団(森林)レベルでの成長の良し悪しは、単木での成長の良し悪しと必ずしも一致せず、集団レベルの生産性を決める要因は明らかではない。
 森林の生産性は、光の獲得量と光利用効率(生産量/光獲得量)の積で決まる。光利用効率は、個葉の光合成能力に加え、樹冠内での光の分配が重要である。光-光合成曲線が飽和型のため、樹冠上部で光を一気に獲得する樹形は、光合成に必要とする以上の光を吸収してしまい光利用効率が低い可能性がある。本研究は、スギ第一世代精英樹4 系統のクローンが、集団植栽されている個体間競争試験園で行った。20年生の各系統の地上部成長速度は、筑波1号>郷台1号>甘楽1号>揖斐3号の順であった。光の獲得率はどの系統でも90%以上であった。また個葉レベルの光合成能力に有意な差は見られなかった。一方、成長速度が低い揖斐3号は、葉を樹冠上部に集中させ、光を急激に吸収する傾向が強く、逆に筑波1号は樹冠が長く、光を分散させて吸収していた。これらは、樹形レベルでの光利用効率が森林の生産性に重要であることを示唆する。


[W12-3]
植生がカルシウム動態を介して、河川・土壌無脊椎動物に与える影響
Effects of vegetation types on stream and soil invertebrates through alteration of calcium dynamics


*太田民久(富山大学), 日浦勉(東京大学
*Tamihisa OHTA(Toyama Univ.), Tsutom HIURA(Tokyo Univ.)


樹木がもたらす栄養塩の空間変異は、ときに集水域レベルといった大きなスケールまでおよぶことがあり、他の動植物の群集組成や生態系機能に大きな影響を与え可能性がある。しかし、栄養塩の空間変異がどのようなメカニズムで他の生物に影響を与えているか、明確に示した研究は非常に少ない。我々のこれまでの研究で、スギなどの特定の樹種が優先している森林では、広葉樹の森林と比較して、土壌および河川水中のカルシウム(Ca)濃度が上昇することが分かってきた。スギは有機酸の放出速度といった根の活性が高く、母岩から多くのCaを溶出させ吸収することで、Caの動態を変化させることも分かってきた。そして、集水域にスギ林が優占するような河川では、母岩由来のCaが河川水に多く含まれることが、ストロンチウム同位体比分析を行うことで分かってきた。さらに、そのCa濃度の変化に影響され、外骨格に多量のCaを含む甲殻類の密度が土壌および河川において劇的に変化することも分かった。つまり、森林植生は母岩-土壌-河川間のCaの空間変異をもたらし、系内に生息する無脊椎動物群集にまで影響を与えていることが分かってきました。さらに、その継続研究として、多く存在するスギの地理変異種を比較したところ、Ca動態に影響をおよぼす効果は変異種間で有意に異なることも分かってきた。本自由集会では、我々の今まで研究を要約し発表する。

 

企画メンバー
東若菜(神戸大学)、上原歩玉川大学)、河合清定(京都大学)、才木真太郎(森林総合研究所
Wakana AZUMA (Kobe Univ.), Ayumi UEHARA (Tamagawa Univ.), Kiyosada KAWAI (Kyoto Univ), Shin-Taro SAIKI (FFPRI)