2012年 第59回日本生態学会大会(大津)植物生理生態学 自由集会のおしらせ

日程:2012年3月17日 15:00〜17:00

会場:龍谷大学瀬田キャンパス2号館101(Room B)

W01 植物の生理生態:植物の窒素利用研究の新しい成果
企画責任者:宮崎祐子(岡大・環境),野田響(筑波大・生命環境),田副雄士(京大・生命科学
 植物の栄養成長・繁殖成長を制御する元素は、古くはリービッヒの最小律で説明されてきた。特に植物体の約50%を占める炭素は最も要求性の高い元素と見なされ、制御要因として数多くの研究で取り扱われてきた。しかし、植物の成長は獲得炭素量の制限のみによるものではないとする見解が出され(Korner 2003)、窒素、リン、カリウムなど様々な元素が成長に及ぼす影響について、より重要視されてきている。その中でも特に、クロロフィルやRubisco といった光合成系タンパク質を構成する窒素は、光合成において最も重要な元素のひとつであり、実際に、窒素栄養が不足すると光合成や成長速度が遅くなることが報告されている。また、いくつかの種において、葉のような栄養成長を担う器官よりも、花や果実といった繁殖器官の方が窒素の占める割合は高いことが報告されており、このことから窒素は繁殖に対しても不可欠な元素であると言える。さらに現代社会において、温暖化や二酸化炭素濃度の上昇、窒素降下物の増加など、地球規模での環境変化が問題視されており、将来的な植物の窒素利用変化予測について注目が集まっている。本集会では、「植物の窒素利用」という基礎的で古典的なテーマにおいて近年明らかにされたことを整理し、それらをふまえた上で、今後の研究の展望などについても議論したい。

コメンテーター:彦坂幸毅(東北大・生命科学

植物の窒素安定同位体比を用いた窒素源推定の試み
木庭啓介(東京農工大・農)

湿性植物における根呼吸特性とN 獲得戦略
中村 隆俊(東農大・生物産業)
*プログラム掲載時より変更

結実の豊凶はなぜ起こる?−窒素制限仮説の検証−
韓慶民(森林総研


***発表要旨***

植物の窒素安定同位体比を用いた窒素源推定の試み
木庭啓介(東京農工大・農)

植物がどの窒素を吸っているか、という問題については様々な立場から興味を持って研究がなされてきたが、実際の生態系、とくに窒素が比較的少ない森林生態系において、植物がどの窒素源を吸収しているか、を議論することは未だに難しい。
植物の窒素安定同位体比は、利用している窒素源の窒素安定同位体比によって決定されると考えると、植物と窒素源双方の窒素安定同位体比を測定することで、植物の窒素源判定が、トレーサーを利用することなく判定することが可能であると考えられ、これまで研究がなされてきていたが、土壌のアンモニウム、硝酸といった窒素源の窒素安定同位体比測定は煩雑であり、なかなか進展が見られなかった。しかし近年、微量の窒素で窒素安定同位体比が測定できるようになり、様々な生態系で、窒素安定同位体比を用いた植物の窒素源判定が行われはじめている。
実際、日本の森林で測定を行ってみると、比較的窒素が多い森林においては、植物がアンモニウムから硝酸へとその窒素源をシフトしているさまが解析でき(Takebayashi et al. 2010 RCM)、この手法の有効性が示された。しかし、まだ多くの問題点があり、非常に窒素可給性が低い森林、逆に大量の窒素が過剰に供給されている森林では、植物の窒素安定同位体比は土壌中の窒素源では説明がつかないことがあり(Koba et al. 2010 RCM)、より詳細な検討が必要であるのが現実である。現在我々のグループでは、窒素源の中でも硝酸のみに焦点を絞り、同位体比測定による新しい解析を模索中である。植物体内では硝酸は生成されないことから、植物体内に存在する硝酸は、硝酸吸収の証拠と考えられるが、低濃度の植物体内硝酸を測定することは容易ではなかった。我々のグループでは、脱窒菌法による硝酸濃度・窒素酸素同位体比測定を植物体内硝酸の測定に適応し、コケの硝酸源(雨硝酸か土壌硝酸か:Liu et al. 2012 Environ. Poll.))、木本植物の硝酸還元場所(葉か、根か:Liu et al. Biogeochemistry, in press)を展開している。土壌中に硝酸がほとんど認められない生態系においても、植物中の硝酸濃度が確認され、その同位体比から植物が硝酸を同化していることがあり、これまで用いられていた植物への窒素可給性の測定手法は、少なくとも硝酸についてはおそらく過小評価をしており、より正確な指標作りが必要であることを強く示唆している。


湿性植物における根呼吸特性とN獲得戦略
中村 隆俊(東農大・生物産業)

 水生植物や湿性植物が生育する湖沼や湿原といった湛水土壌は、低酸素・還元環境である。水生・湿性植物は、低酸素土壌環境への適応機構の一つとして、通気組織を発達させ、地上部から地下部への酸素供給(給気)を行っている。これまで、水生・湿性植物の低酸素土壌への適応機構は、地上部からの給気に関する研究アプローチがほとんどを占めていた(Armstrong et al. 1978,1992, Sorrell and Brix.2003)。しかし、給気能力の高い種ほど、より低酸素環境に適応するとされる一方で、実際のフィールド現場では給気能力の異なる種が同所的に生育することも多い。従って、給気能力の評価だけでは、水生・湿性植物の低酸素耐性機構を十分に説明できないことがわかってきた。そこで、演者らは、地上部から根に供給された酸素の消費特性、特に根の呼吸による酸素消費の評価に着目している。
 供給された酸素の大半は根の呼吸で消費され、呼吸で得られるエネルギーは、根の成長・根の維持・窒素獲得に分配される。なかでも、窒素獲得に対しては多くのエネルギーが配分される(Poorteret al. 1991)。一般に、植物はアンモニア態Nと硝酸態Nの両方を利用することができるが、吸収・同化に必要なエネルギー量は両者で異なる(Taiz and Zeiger 2006)。従って、水生植物にとって、吸収する窒素形態の違いは、根の酸素消費を左右する大きな要因となる(Nakamura et al. 2010)。また、一般に窒素を多く獲得するためには、根単位重量あたりの窒素吸収活性を高めるか、または根を発達させる必要がある。しかし、水生・湿性植物にとって、根の発達は、根の維持や成長に必要な酸素量を増やすことになる。従って、湿性・水生植物の根における酸素の効率的な利用は、地上部からの給気能力に応じた最適な窒素獲得様式によってもたらされると予想される。
 また、一般に呼吸速度は温度上昇により指数関数的に高まるが、その反応の主たる要因はバイオマス維持に関わるエネルギー消費の急増であるといわれている(Amthor
2000)。従って、根で利用可能な酸素量が制限される水生・湿性植物では、温度上昇による根の維持エネルギーの消費急増が、窒素獲得や根成長に関する活性を強く抑制する可能性がある。このことから、温暖な地域に適応する個体ほど、少ない酸素消費で効率的に窒素獲得や根成長を行う必要があるのではないかと考えられる。
 本集会では、窒素獲得と根の呼吸特性からみた水生・湿性植物における低酸素耐性戦略について、以上の視点を交えながら報告したい。


結実の豊凶はなぜ起こる?−窒素制限仮説の検証−
森林総合研究所 植物生態研究領域 韓慶民

結実豊凶(マスティング)とは、植物個体群において、結実量が年ごとに大きく変動する現象である。この現象を説明するために、進化生態学の尺度から、捕食者飽食仮説や受粉効率仮説などが提唱された(Kelly 1994)。一方、マスティングを引き起こす至近要因については、気象条件の年変動などによって植物の利用可能な資源量が変動した結果とした資源適合仮説があるが、多くの種では、豊作年と凶作年における結実量の差が気象条件由来の変動より大きいため、環境の変動だけでは説明がつかない(Kelly & Sork 2002)。また、種子生産は大量の資源を必要とするために、繁殖に必要なレベルまでに資源量を貯蔵するのに一年以上の期間がかかることが結実豊凶の要因とする資源蓄積仮説も提示されている(Isagi et al. 1997)。一方、枝レベルでは、種子生産における炭素資源の自律性が数樹種で報告されている(Hoch 2005)。また、摘葉や環状除皮など処理によって、非繁殖枝の当年生光合成や幹・根の貯蔵資源が種子生産に貢献することも明らかにされている(Miyazaki et al. 2002; Hoch 2005)。以上の結果から、炭素資源のほかにマスティングの要因があると考えられる。
葉の窒素濃度は光合成生産に大きく影響する要因である。また、リターフォールの窒素量は、豊作年には凶作年の2倍にも達することと(Yasumura et al. 2006; Han et al. 2008)、施肥がブナの豊作周期を短くしたことから(橋詰1991)、窒素など栄養塩はマスティングの要因であるかもしれない。更に、葉の展開初期には土壌から吸い上げた窒素より、貯蔵窒素を高く依存していることも明らかにされている(Millard 1996; El Zein et al. 2011)。以上の結果から、種子生産の資源は当年生光合成産物(炭素)・土壌からの吸い上げ(窒素)、樹体内の貯蔵炭素・窒素、あるいはその両方が貢献していると考えられる。そのため我々は、結実間隔の長いものに分類されているブナ(Fagus crenata, F. sylvatica)を対象に,種子生産の炭素・窒素のソース、結実による炭素・窒素の貯蔵量への影響、繁殖に対する資源分配のパターンや繁殖コスト,個体の維持機構および繁殖戦略について評価し,結実豊凶のメカニズムを明らかにする研究を行っている。本集会では、豊作が炭素・窒素の貯蔵量に及ぼす影響について報告したい。

引用文献
El Zein et al (2011) Tree Physiol., 31, 1390-1400.
橋詰 (1991)ブナ林の自然環境と保全. ソフトサイエンス社
Han et al (2008) Tree Physiol., 28, 1269-1276.     
Hoch G. (2005) Plant, Cell Environ., 28, 651-659.
Isagi et al (1997) J. Theor. Biol., 187, 231-239.     
Kelly D. (1994) Trends Ecol. Evol., 9, 465-470.
Kelly D. & Sork V.L. (2002) Annu. Rev. Ecol. Syst., 33, 427-447.
Millard P. (1996) Zeitschrift für Pflanzenernährung und Bodenkunde, 159, 1-10.
Miyazaki et al. (2002) Ann. Bot., 89, 767-772.     
Yasumura et al (2006) Forest. Ecol. Manag., 229, 228-233.