2019年 第66回日本生態学会大会(神戸) 植物生理生態自由集会のお知らせ

自由集会 W24

3月16日 18:45-20:15 Room G
植物生理生態―二次代謝産物を用いた「生きるための知恵」
Plant physiological ecology - "Wisdom for living" using secondary metabolites


上原歩東京電機大学理工学部), 南野亮子(岐阜大学流域圏科学研究センター)
Ayumi Uehara(Sch. Sci. Eng., Tokyo Denki Univ.), Ryoko Minamino(Gifu Univ. River Basin Res. Cen.)


 二次代謝産物とは一般的に植物体の成長や分化に直接的に機能しているアミノ酸などの一次代謝産物に対し、直接的に機能しているとは考えられない有機化合物の総称である。しかし、一度根をはると移動できない植物にとって、二次代謝産物はときに様々な環境ストレスに対する適応物質として(例えば紫外線や低温のストレス)、ときに他個体や他種とのコミュニケーション手段(例えば訪花昆虫の誘引による受粉やアレロパシー効果)として機能している。いわば、植物の「生きるための知恵」である。
 二次代謝産物はテルペノイドやステロイドアルカロイド、そしてフラボノイドや有機酸を含む芳香族化合物など、生合成経路や基本骨格によって分類されている。これらは合成経路の末端で様々に修飾され、多くの種類が存在する。物質の機能については、ある化学物質の分類群が特定の機能を有しているわけではなく、同じ分類群の物質でも植物の種や局在する器官の違いによって機能が異なり、また化学組成によっても機能が異なる。
 地球上には27万種もの植物が様々な環境に生息している。その中で二次代謝産物の種類が明らかになっている種は限られており、その機能まで明らかにされている種はさらに少ない。そのため、まだまだ未知の二次代謝産物を用いた「生きるための知恵」が存在しているにちがいない。そこで本集会は、化学物質を扱う研究者と植物生態を扱う研究者との連携のパイプをより太くし、生態学の中で見逃されている「生きるための知恵」について、さらなる発展を目指す。特に、根、葉、そして花といった異なる器官の二次代謝産物を利用した興味深い植物の「生きるための知恵」についてご紹介いただき、二次代謝産物と生態学を結ぶ架け橋になりたい。

 

[W24-1]
北海道東部の森林における根滲出物の放出
Root exudatates from forest plants in East Hokkaido
*中山理智(京都大学・農学研究科), 舘野隆之輔(京都大学・FSERC)
*Masataka Nakayama(Kyoto Univ. Agriculture), Ryunosuke Tateno(Kyoto Univ. FSERC)
植物は根から根滲出物と呼ばれる様々な化合物を根の周囲の土壌である根圏土壌へと放出している。根滲出物は糖やアミノ酸有機酸、フェノールなどの低分子量の一次および二次代謝物や多糖類や酵素などの高分子量の有機化合物にしばしば分類される。根滲出物は根圏に生育する微生物の炭素源となり根圏における微生物の量や活性を高めることで有機物の分解を促進したり、有機酸によるpHの低下やファイトシデロフォアなどによって不溶性の養分を可溶化したりすることで植物の成長に必要な養分の移動や吸収に関与する。また、根滲出物に含まれる様々な化合物は共生関係のシグナル物質として働いたり、他の植物に対するアレロパシー物質として機能したりすることが報告されている。さらに、抗菌作用を示す化合物も含まれ、根における病原菌からの防御においても重要である。根滲出物として放出される化合物に含まれる炭素は光合成で獲得した炭素の5~20%程度であり、植物にとっては大きな負担であるが、養分吸収の促進や他の植物や病原性微生物の成長抑制、共存微生物との関係性の構築など、植物の生存や成長に重要な機能を担っており欠かすことができない。根滲出物の量や化合物の組成には種の違いや他の植物の存在、光や水などの環境条件が影響することが作物や草本種、樹木の実生などの研究から明らかとなっているが、森林生態系、特に成木での研究は未だ知見が限られている。森林生態系は炭素の貯留や多様性の保持などの機能が期待されるが、根滲出物は樹木の生存や成長のみならず森林生態系の機能にも影響するため、成木の根滲出物についての理解が不可欠である。本発表では根滲出物について概説し、近年開発された森林における成木に対するin situでの根滲出物の採取法を紹介する。また現在その手法を用いて北海道東部の森林において進めているミズナラ成木と下層植生であるミヤコザサの根滲出物の研究の結果を報告する。

 

[W24-2]
包括的GCxGC/MS とRNA-seqによる多年草ハクサンハタザオの葉面脂質の標高二型解析
The comprehensive GC×GC/MS and RNA-seq analyses on altitudinal dimorphism of leaf wax contents in a perennial Arabidopsis halleri subsp. gemmifera
*湯本原樹(京都大学・生態研), 本庄三恵(京都大学・生態研), 佐々木結子(東京工業大学, オペラ), 太田啓之(東京工業大学, オペラ), 工藤洋京都大学・生態研)
*Genki Yumoto(CER, Kyoto Univ.), Mie Honjo(CER, Kyoto Univ.), Yuko Sasaki(Tokyo Tech., OPERA), Hiroyuki Ohta(Tokyo Tech., OPERA), Hiroshi Kudoh(CER, Kyoto Univ.)
広い標高域にわたって生育する植物では、環境要因が標高に沿って劇的に変化する生育地に形態を変化させることで集団を成立させていることがよく観察される。この標高に依存した形態の差異は、しばしば遺伝的な分化を伴い、局所適応の実例として良く着目される。滋賀県伊吹山には、多年生草本であるアブラナ科ハクサンハタザオが標高による生態型分化が報告されている。これまでの研究で、茎葉特異的に高標高型で葉面撥水性が高くなることが示された(Aryal et al., 2018)。茎葉とは、花茎上に生じる葉で、成長の初期には花芽を包んでいる。伊吹山の高標高域では、茎葉が現れる初春において最低気温が0度以下になる冬日の日数が多い。加えて、高標高域ではしばしば霧が発生し、葉の表面を濡らす。濡れた状態で、低温に暴露されることで凍結傷害を受ける可能性がある。このことから、高標高型の茎葉は、高撥水性を介した花芽の凍結防御に働くと考えた。
 本研究では、撥水性の標高分化が葉面クチクラの成分の差に起因すると予想し、野外の葉サンプルと室内栽培株の葉サンプルに対し、定性分析(GC×GC/MS:包括的二次元ガスクロマトグラフ質量分析)および定量分析(GC-FID:ガスクロマトグラフィー水素炎イオン化検出)を実施した。また、RNA-seqを行い、網羅的に遺伝子発現を検出することで、クチクラ成分の標高分化に関わる遺伝子の特定を行った。加えて、茎葉に包まれた花芽を対象に凍結実験を行った。凍結ダメージの指標として、組織漏出液の電気伝導率を測定した。その結果、高撥水性を示す茎葉ではアルカン合成遺伝子であるCER1の発現が高まることで、アルカン、特にC31アルカンの量が有意に高くなっていることが明らかになった。また、花芽に対して凍結処理を行う場合に、水をかけた低標高型の花芽でのみ、凍結ダメージが有意に大きいことが示された。そのため、茎葉特異的な高撥水性は、高標高の早春の凍結環境への適応であることが示唆された。
3月18日にポスター発表 [P2-111] も行うので、手法等より込み入った質問がある方はそちらもご覧ください。

 

[W24-3]
花粉が発する蛍光がミツバチの訪花行動に与える影響
Pollen fluorescence as a visual cue for honeybees
*森信之介(京都大・院・農), 福井宏至(香川大・農), 大石雅典(京都大・院・農), 佐久間正幸(京都大・院・農), 川上真理(京都大・院・農), 月岡淳子(京都薬科大), 後藤勝実(京都薬科大), 平井伸博(京都大・院・農)
*Shinnosuke Mori(Grad. Sch. Agr., Kyoto Univ.), Hiroshi Fukui(Kagawa Univ.), Masanori Oishi(Grad. Sch. Agr., Kyoto Univ.), Masayuki Sakuma(Grad. Sch. Agr., Kyoto Univ.), Mari Kawakami(Grad. Sch. Agr., Kyoto Univ.), Junko Tsukioka(Kyoto Pharm. Univ.), Katsumi Goto(Kyoto Pharm. Univ.), Nobuhiro Hirai(Grad. Sch. Agr., Kyoto Univ.)
 多くの植物の花粉はUVの下で青色蛍光を発する。花粉に含まれる蛍光物質がもつ機能には以下の2つが考えられる。1つ目は花粉中に含まれるDNAのUVからの保護である。葯は多くの場合、花冠の外側へ突出しているため、花粉中のDNAは紫外線障害の危険に強く曝されている。蛍光物質はUVを吸収し、そのエネルギーを長波長の蛍光に変換して放出することによってDNAをUVから保護していると考えられる。2つ目に訪花昆虫が花を探索する際の視覚的ガイドとして機能していると考えられる。花粉蛍光は昆虫にとって食料へのガイドとなり、植物にとっては訪花を促して虫媒受粉を効率化できるという相利共生に寄与している可能性がある。本研究では花粉に含まれる蛍光物質の同定およびその生物学的・生態学的機能を明らかにすることを目的とした。
 これまでに植物5種の花粉から蛍光物質6種を単離し、クロロゲン酸などのヒドロキシ桂皮酸類と同定した。これらの蛍光物質は抗酸化活性を有しており、UVを青色蛍光に変換して有害エネルギーを外へ逃がすだけではなく、抗酸化剤としても機能してDNAなどの生体分子を保護していると推察された。また多光励起顕微鏡と透過型電子顕微鏡を用いた観察から、蛍光物質はポレンコートと呼ばれる細胞外粘液中に局在することが分かった。次に蛍光に対するセイヨウミツバチの視認性と被誘引性を調べるため、クロロゲン酸を含む蛍光ろ紙と無処理ろ紙を乗せた給餌器を用いて太陽光下で二者択一試験を行った。その結果、蛍光ろ紙には無処理ろ紙よりも有意に多い個体が訪れ、ミツバチは花粉蛍光を視認して誘引されることが強く示唆された。花粉が蛍光を発する植物は虫媒花に限定されず、風媒花であるアカマツメタセコイアの花粉も青色蛍光を示した。このことから花粉に含まれる蛍光物質のより原始的な機能としてDNAの保護があり、その後進化の過程で昆虫によって蛍光が利用されるようになった可能性がある(Mori et al. 2018. J Chem Ecol 44, 591–600)。


懇親会やります!(自由集会W18「植物のかたち―実証的アプローチ―」と合同)
場所:三宮 完全個室 権兵衛-Gon-Bei-
   〒651-0092 兵庫県神戸市中央区下山手通2-10-3 RITS新道ビル3F
   TEL:050-3477-1216
時間:21:00~