2023年 第70回日本生態学会大会(仙台)植物生理生態シンポジウムのお知らせ

シンポジウム S09   2023年3月20日9:00-12:00 Room D

光の波長と植物の応答: 光合成から形態形成まで
How does light quality influence photosynthesis and carbon allocation of plants?

https://esj.ne.jp/meeting/abst/70/S09.html

 

地球には太陽からさまざまな波長の光が降り注ぐ。光合成を行う植物が資源として利用するのは可視光で、波長の短い青色光から長い赤色光までが含まれる。これらよりも波長の長い遠赤色光は、光合成の資源としては使われないが、光合成効率の調節などに作用する。さらに赤色光と遠赤色光といった波長の異なる光どうしの比率は時期や空間により変化するため、季節や被陰など植物の置かれた環境を感知するシグナルとして利用され、植物体内の炭素分配に影響する。
 異なる光の波長に対する植物の応答は、室内環境を変化させることで実験的に明らかにされてきた。野外環境においても作物や果樹を対象とした研究が進んでいるものの、森林の上層から下層にかけた階層構造などにより光環境が複雑となる環境下においては未だ実証されていないことも多い。また光合成能の測定には、可視光のみの人工光源を主に使用するが、遠赤色光を含まないことに由る影響も気になるところである。このように、それぞれの波長域あるいは波長どうしの比率が植物に与える影響を知ることは、植物の生理的機能が形態形成に作用するまでの過程を理解するために重要であると考え、本シンポジウムを企画した。
 光の波長に対する植物の応答について広く理解することを目指し、異なる視点から6名の方にご講演いただく。藻類や藍藻から草本や樹木までを対象とする本シンポジウムを通して、光の波長と植物の応答に纏わる奥深さに触れ、体系的に理解したうえで、生態学的な今後の展開や応用についてぜひ議論したい。

 

趣旨説明:企画者
講演1:藍川晋平(国際農研)ほか「光質・光量が藍藻・微細藻の光合成におよぼす影響」
講演2:寺島一郎(東京大学)「緑葉の光利用と光化学系IIの光阻害」
講演3:河野優(東京大学)ほか「光強度が頻繁に変化する光環境下での光合成応答に果たす遠赤色光の役割」

講演4:小口理一(大阪公立大学)「植物をとりまく光の質と量の勾配の影響 」
講演5:渋谷俊夫(大阪公立大学)「植物生産における光環境応答とトレードオフ
講演6:隅田明洋(京都府立大学)「森林における樹形の形成要因としての光質の研究展望」

総合討論:参加者全員

 

企画メンバー
東 若菜 (神戸大学)、上原 歩 (玉川大学)、梶野浩史(東北大学)、河合 清定 (国際農研)、才木 真太朗 (森林総合研究所 )、田邊智子(京都大学)、丸山海音(奈良教育大学

2022年 第69回日本生態学会大会(福岡) 植物生理生態自由集会のお知らせ

自由集会 W04   2022年3月17日16:30-18:00 Room D

植物生理生態ー雨の日の森林に思いをはせてみませんか?ー
Plant physiological ecology ーThink about the forest on a rainy dayー

https://esj.ne.jp/meeting/abst/69/W04.html

固着性の植物は、時空間的に変動する環境にさらされている。例えば、降雨や霧の発生頻度が高い場所は日本列島をはじめ地球上に数多く存在しており、広い地域で年間100日以上も植物表面が濡れていることが近年報告されている。一方で、光合成や物質分配,成長といった植物のふるまいは,晴天時の「理想的な」条件で調べられた知見に偏っている。したがって,変動環境における植物のふるまいを理解し、予測に活用するためには,晴天時だけでなく,曇りや雨の日に植物が何をしているのかの理解が必要だと考えられる.ただし、雨の日の光合成や物質分配の定量化は技術的な問題からこれまで困難とされてきた。
本集会では,先進的な技術を用い、複雑な構造を持つ樹木や森林の降雨に対する応答を、異なる時空間的スケールで研究されている3名にご講演頂く。雨が降る森では樹木はどのように濡れ、そしてその水は個々の樹木にどのように利用され、森林の機能にどのような影響を与えうるのかについて理解を深め、雨の日の樹木のふるまいについて展望する。


趣旨説明:企画者
講演1:南光一樹「雨が降ると樹木はどうやって濡れていくのか?」
講演2:香川聡「植物バイオマスを構成する水素・酸素の起源としての葉面水分吸収」
講演3:Linjie Jiao, 小杉緑子, 仙福雄一, Ting-wei Chang「ヒノキ林における降雨遮断および降雨による濡れ中・乾き直後のガス交換」
ディスカッション:参加者全員

企画メンバー
東 若菜 (神戸大学)、上原 歩 (玉川大学)、河合 清定 (国際農研(JIRCAS))、才木 真太朗 (森林総合研究所 (FFPRI))

2021年 第68回日本生態学会大会(岡山) 植物生理生態自由集会のお知らせ

植物生理生態― 生態学研究におけるモデル生物としてのスギの可能性
Plant Ecophysiology – Potential of Cryptomeria japonica as a model organism in ecological research

ESJ68 自由集会 W12


 純一次生産や物質循環といった生態系機能は究極的には生物進化の産物であり、生態学的プロセスの解明には進化的プロセスの理解が欠かせない。環境の不均一性や種の歴史的背景(系統・地史)は、形質(表現型)変異を促し、翻って形質は生態系機能に影響を与えると考えられる。遺伝子-形質-生態系機能のリンクを実証するためには、歴史変遷、遺伝・生態情報に関する研究が精力的に進められているモデル生物を使うのが有効である。
 日本の国土の64%は森林で覆われているが、スギの天然林・人工林はその森林面積のうち17%を占めており、日本の森林生態系の主要な構成種の一つといえる。また、スギは東北地方から九州地方まで幅広く分布し、広い環境傾度に適応して分布している。さらに、スギは切り枝を使った挿し木が容易であり、クローン個体の作成が比較的容易である。これらの特徴から、スギは一連の生態学研究を行えるモデル生物としてのポテンシャルを秘めている。
そこで、本自由集会では、1)スギの系統地理や局所適応、2)スギの系統間の成長の違いにかかわる生理生態的メカニズム、そして3)スギの遺伝的変異が森林の生態系機能へ与える影響について、現状の知見を横断的に俯瞰し、モデル生物としてのスギに今後期待できることや課題を認識することで、生理生態学研究のスケーリングついて展望する。


[W12-1]
産地試験地を用いたスギの機能形質の遺伝解析
Association genetics of ecological functional traits in Cryptomeria japonica


*内山憲太郎(森林総合研究所), 韓慶民(森林総合研究所), 楠本倫久(森林総合研究所), 中尾勝洋(森林総合研究所), 上野真義(森林総合研究所), 津村義彦(筑波大学
*Kentaro UCHIYAMA(FFPRI), Qingmin HAN(FFPRI), Norihisa KUSUMOTO(FFPRI), Katsuhiro NAKAO(FFPRI), Saneyoshi UENO(FFPRI), Yoshihiko TSUMURA(Tsukuba Univ.)


現在は日本と中国の一部地域にのみ自然分布するスギであるが、かつてのスギ属はユーラシア大陸に広く分布していたことがわかっている。スギの直接の祖先種は少なくとも500万年前には日本列島に存在しており、その後の氷期間氷期サイクルの間、分布を大きく変化させてきたと考えられる。現在のスギ天然林の遺伝解析からは、4つの遺伝的系統(北東北日本海側、日本海側、太平洋側、屋久島)の存在が指摘されている。DNAマーカーを用いたコアレセント解析によると、これらの遺伝的系統は過去数万〜数十万年前の分岐によって形作られたと推定されている。また、化石花粉および生態ニッチモデリングによると、氷期にはスギの分布の中心は西南日本日本海側にあり、それ以外の北東北、太平洋側、屋久島などの地域では、集団サイズが大きく縮小していたと考えられている。これらのことより、現在の遺伝的系統の形成には、氷期の分布縮小による集団の隔離が大きな影響を与えていると予想された。他方、これらの系統は気候的にも大きく異なる地域に分布しており、長い年月の間に、それぞれの環境から異なる自然選択圧を受けてきたと考えられる。広域に分布する植物種では、しばしば自生環境への遺伝的適応を示す局所適応が認められる。スギにおいても産地試験地の解析を通して、局所適応が検出されている。しかしながら、スギのどのような形質に自然選択が働いているかはよくわかっていない。そこで、スギ天然林の挿し木苗からなる産地試験地において、冬期の強光阻害の防御物質であるカロテノイドと、生物的ストレスの防御物質であるテルペノイドについて、その組成と量を測定し、ゲノムワイドな遺伝情報との関連解析を行った。その結果、いずれの物質もその組成や量には地理的傾向が認められ、そのうちの一部の物質と強い相関のある遺伝子座も複数検出された。


[W12-2]
スギの系統による森林生産の違いとその要因分析
Mechanisms underlying the genetic differences in forest productivity in Cryptomeria japonica plantations


*小野田雄介(京都大学), 田中一成京都大学), 平岡裕一郎(森林総研・林木育種セ, 静岡県立農林環境大), 松下道也(森林総研・林木育種セ)
*Yusuke ONODA(Kyoto Univ.), Issei TANAKA(Kyoto Univ.), Yuichiro HIRAOKA(FFPRI. FTBC, Shizuoka Prof. Univ. Agri.), Michinari MATSUSHITA(FFPRI. FTBC)


スギは日本で最も広い面積に植栽されている有用樹種であると共に、自然分布域が広く、遺伝的多様性も高く、生態学的にも重要な研究素材である。戦後の木材供給不足を補うために、1950年代より国家的事業として、全国から成長が良いスギが選抜され、その中から、特に優れたものを精英樹として、全国の植林地の苗供給や、更なる品種改良に用いられている。スギの精英樹の選抜には成長の良さなど複数の基準で行われてきているが、なぜ成長の良さに違いがあるのか、そのメカニズムは未解明な部分が多い。また森林では、常に隣接個体と競争・干渉するため、集団(森林)レベルでの成長の良し悪しは、単木での成長の良し悪しと必ずしも一致せず、集団レベルの生産性を決める要因は明らかではない。
 森林の生産性は、光の獲得量と光利用効率(生産量/光獲得量)の積で決まる。光利用効率は、個葉の光合成能力に加え、樹冠内での光の分配が重要である。光-光合成曲線が飽和型のため、樹冠上部で光を一気に獲得する樹形は、光合成に必要とする以上の光を吸収してしまい光利用効率が低い可能性がある。本研究は、スギ第一世代精英樹4 系統のクローンが、集団植栽されている個体間競争試験園で行った。20年生の各系統の地上部成長速度は、筑波1号>郷台1号>甘楽1号>揖斐3号の順であった。光の獲得率はどの系統でも90%以上であった。また個葉レベルの光合成能力に有意な差は見られなかった。一方、成長速度が低い揖斐3号は、葉を樹冠上部に集中させ、光を急激に吸収する傾向が強く、逆に筑波1号は樹冠が長く、光を分散させて吸収していた。これらは、樹形レベルでの光利用効率が森林の生産性に重要であることを示唆する。


[W12-3]
植生がカルシウム動態を介して、河川・土壌無脊椎動物に与える影響
Effects of vegetation types on stream and soil invertebrates through alteration of calcium dynamics


*太田民久(富山大学), 日浦勉(東京大学
*Tamihisa OHTA(Toyama Univ.), Tsutom HIURA(Tokyo Univ.)


樹木がもたらす栄養塩の空間変異は、ときに集水域レベルといった大きなスケールまでおよぶことがあり、他の動植物の群集組成や生態系機能に大きな影響を与え可能性がある。しかし、栄養塩の空間変異がどのようなメカニズムで他の生物に影響を与えているか、明確に示した研究は非常に少ない。我々のこれまでの研究で、スギなどの特定の樹種が優先している森林では、広葉樹の森林と比較して、土壌および河川水中のカルシウム(Ca)濃度が上昇することが分かってきた。スギは有機酸の放出速度といった根の活性が高く、母岩から多くのCaを溶出させ吸収することで、Caの動態を変化させることも分かってきた。そして、集水域にスギ林が優占するような河川では、母岩由来のCaが河川水に多く含まれることが、ストロンチウム同位体比分析を行うことで分かってきた。さらに、そのCa濃度の変化に影響され、外骨格に多量のCaを含む甲殻類の密度が土壌および河川において劇的に変化することも分かった。つまり、森林植生は母岩-土壌-河川間のCaの空間変異をもたらし、系内に生息する無脊椎動物群集にまで影響を与えていることが分かってきました。さらに、その継続研究として、多く存在するスギの地理変異種を比較したところ、Ca動態に影響をおよぼす効果は変異種間で有意に異なることも分かってきた。本自由集会では、我々の今まで研究を要約し発表する。

 

企画メンバー
東若菜(神戸大学)、上原歩玉川大学)、河合清定(京都大学)、才木真太郎(森林総合研究所
Wakana AZUMA (Kobe Univ.), Ayumi UEHARA (Tamagawa Univ.), Kiyosada KAWAI (Kyoto Univ), Shin-Taro SAIKI (FFPRI)

2019年 第66回日本生態学会大会(神戸) 植物生理生態自由集会のお知らせ

自由集会 W24

3月16日 18:45-20:15 Room G
植物生理生態―二次代謝産物を用いた「生きるための知恵」
Plant physiological ecology - "Wisdom for living" using secondary metabolites


上原歩東京電機大学理工学部), 南野亮子(岐阜大学流域圏科学研究センター)
Ayumi Uehara(Sch. Sci. Eng., Tokyo Denki Univ.), Ryoko Minamino(Gifu Univ. River Basin Res. Cen.)


 二次代謝産物とは一般的に植物体の成長や分化に直接的に機能しているアミノ酸などの一次代謝産物に対し、直接的に機能しているとは考えられない有機化合物の総称である。しかし、一度根をはると移動できない植物にとって、二次代謝産物はときに様々な環境ストレスに対する適応物質として(例えば紫外線や低温のストレス)、ときに他個体や他種とのコミュニケーション手段(例えば訪花昆虫の誘引による受粉やアレロパシー効果)として機能している。いわば、植物の「生きるための知恵」である。
 二次代謝産物はテルペノイドやステロイドアルカロイド、そしてフラボノイドや有機酸を含む芳香族化合物など、生合成経路や基本骨格によって分類されている。これらは合成経路の末端で様々に修飾され、多くの種類が存在する。物質の機能については、ある化学物質の分類群が特定の機能を有しているわけではなく、同じ分類群の物質でも植物の種や局在する器官の違いによって機能が異なり、また化学組成によっても機能が異なる。
 地球上には27万種もの植物が様々な環境に生息している。その中で二次代謝産物の種類が明らかになっている種は限られており、その機能まで明らかにされている種はさらに少ない。そのため、まだまだ未知の二次代謝産物を用いた「生きるための知恵」が存在しているにちがいない。そこで本集会は、化学物質を扱う研究者と植物生態を扱う研究者との連携のパイプをより太くし、生態学の中で見逃されている「生きるための知恵」について、さらなる発展を目指す。特に、根、葉、そして花といった異なる器官の二次代謝産物を利用した興味深い植物の「生きるための知恵」についてご紹介いただき、二次代謝産物と生態学を結ぶ架け橋になりたい。

 

[W24-1]
北海道東部の森林における根滲出物の放出
Root exudatates from forest plants in East Hokkaido
*中山理智(京都大学・農学研究科), 舘野隆之輔(京都大学・FSERC)
*Masataka Nakayama(Kyoto Univ. Agriculture), Ryunosuke Tateno(Kyoto Univ. FSERC)
植物は根から根滲出物と呼ばれる様々な化合物を根の周囲の土壌である根圏土壌へと放出している。根滲出物は糖やアミノ酸有機酸、フェノールなどの低分子量の一次および二次代謝物や多糖類や酵素などの高分子量の有機化合物にしばしば分類される。根滲出物は根圏に生育する微生物の炭素源となり根圏における微生物の量や活性を高めることで有機物の分解を促進したり、有機酸によるpHの低下やファイトシデロフォアなどによって不溶性の養分を可溶化したりすることで植物の成長に必要な養分の移動や吸収に関与する。また、根滲出物に含まれる様々な化合物は共生関係のシグナル物質として働いたり、他の植物に対するアレロパシー物質として機能したりすることが報告されている。さらに、抗菌作用を示す化合物も含まれ、根における病原菌からの防御においても重要である。根滲出物として放出される化合物に含まれる炭素は光合成で獲得した炭素の5~20%程度であり、植物にとっては大きな負担であるが、養分吸収の促進や他の植物や病原性微生物の成長抑制、共存微生物との関係性の構築など、植物の生存や成長に重要な機能を担っており欠かすことができない。根滲出物の量や化合物の組成には種の違いや他の植物の存在、光や水などの環境条件が影響することが作物や草本種、樹木の実生などの研究から明らかとなっているが、森林生態系、特に成木での研究は未だ知見が限られている。森林生態系は炭素の貯留や多様性の保持などの機能が期待されるが、根滲出物は樹木の生存や成長のみならず森林生態系の機能にも影響するため、成木の根滲出物についての理解が不可欠である。本発表では根滲出物について概説し、近年開発された森林における成木に対するin situでの根滲出物の採取法を紹介する。また現在その手法を用いて北海道東部の森林において進めているミズナラ成木と下層植生であるミヤコザサの根滲出物の研究の結果を報告する。

 

[W24-2]
包括的GCxGC/MS とRNA-seqによる多年草ハクサンハタザオの葉面脂質の標高二型解析
The comprehensive GC×GC/MS and RNA-seq analyses on altitudinal dimorphism of leaf wax contents in a perennial Arabidopsis halleri subsp. gemmifera
*湯本原樹(京都大学・生態研), 本庄三恵(京都大学・生態研), 佐々木結子(東京工業大学, オペラ), 太田啓之(東京工業大学, オペラ), 工藤洋京都大学・生態研)
*Genki Yumoto(CER, Kyoto Univ.), Mie Honjo(CER, Kyoto Univ.), Yuko Sasaki(Tokyo Tech., OPERA), Hiroyuki Ohta(Tokyo Tech., OPERA), Hiroshi Kudoh(CER, Kyoto Univ.)
広い標高域にわたって生育する植物では、環境要因が標高に沿って劇的に変化する生育地に形態を変化させることで集団を成立させていることがよく観察される。この標高に依存した形態の差異は、しばしば遺伝的な分化を伴い、局所適応の実例として良く着目される。滋賀県伊吹山には、多年生草本であるアブラナ科ハクサンハタザオが標高による生態型分化が報告されている。これまでの研究で、茎葉特異的に高標高型で葉面撥水性が高くなることが示された(Aryal et al., 2018)。茎葉とは、花茎上に生じる葉で、成長の初期には花芽を包んでいる。伊吹山の高標高域では、茎葉が現れる初春において最低気温が0度以下になる冬日の日数が多い。加えて、高標高域ではしばしば霧が発生し、葉の表面を濡らす。濡れた状態で、低温に暴露されることで凍結傷害を受ける可能性がある。このことから、高標高型の茎葉は、高撥水性を介した花芽の凍結防御に働くと考えた。
 本研究では、撥水性の標高分化が葉面クチクラの成分の差に起因すると予想し、野外の葉サンプルと室内栽培株の葉サンプルに対し、定性分析(GC×GC/MS:包括的二次元ガスクロマトグラフ質量分析)および定量分析(GC-FID:ガスクロマトグラフィー水素炎イオン化検出)を実施した。また、RNA-seqを行い、網羅的に遺伝子発現を検出することで、クチクラ成分の標高分化に関わる遺伝子の特定を行った。加えて、茎葉に包まれた花芽を対象に凍結実験を行った。凍結ダメージの指標として、組織漏出液の電気伝導率を測定した。その結果、高撥水性を示す茎葉ではアルカン合成遺伝子であるCER1の発現が高まることで、アルカン、特にC31アルカンの量が有意に高くなっていることが明らかになった。また、花芽に対して凍結処理を行う場合に、水をかけた低標高型の花芽でのみ、凍結ダメージが有意に大きいことが示された。そのため、茎葉特異的な高撥水性は、高標高の早春の凍結環境への適応であることが示唆された。
3月18日にポスター発表 [P2-111] も行うので、手法等より込み入った質問がある方はそちらもご覧ください。

 

[W24-3]
花粉が発する蛍光がミツバチの訪花行動に与える影響
Pollen fluorescence as a visual cue for honeybees
*森信之介(京都大・院・農), 福井宏至(香川大・農), 大石雅典(京都大・院・農), 佐久間正幸(京都大・院・農), 川上真理(京都大・院・農), 月岡淳子(京都薬科大), 後藤勝実(京都薬科大), 平井伸博(京都大・院・農)
*Shinnosuke Mori(Grad. Sch. Agr., Kyoto Univ.), Hiroshi Fukui(Kagawa Univ.), Masanori Oishi(Grad. Sch. Agr., Kyoto Univ.), Masayuki Sakuma(Grad. Sch. Agr., Kyoto Univ.), Mari Kawakami(Grad. Sch. Agr., Kyoto Univ.), Junko Tsukioka(Kyoto Pharm. Univ.), Katsumi Goto(Kyoto Pharm. Univ.), Nobuhiro Hirai(Grad. Sch. Agr., Kyoto Univ.)
 多くの植物の花粉はUVの下で青色蛍光を発する。花粉に含まれる蛍光物質がもつ機能には以下の2つが考えられる。1つ目は花粉中に含まれるDNAのUVからの保護である。葯は多くの場合、花冠の外側へ突出しているため、花粉中のDNAは紫外線障害の危険に強く曝されている。蛍光物質はUVを吸収し、そのエネルギーを長波長の蛍光に変換して放出することによってDNAをUVから保護していると考えられる。2つ目に訪花昆虫が花を探索する際の視覚的ガイドとして機能していると考えられる。花粉蛍光は昆虫にとって食料へのガイドとなり、植物にとっては訪花を促して虫媒受粉を効率化できるという相利共生に寄与している可能性がある。本研究では花粉に含まれる蛍光物質の同定およびその生物学的・生態学的機能を明らかにすることを目的とした。
 これまでに植物5種の花粉から蛍光物質6種を単離し、クロロゲン酸などのヒドロキシ桂皮酸類と同定した。これらの蛍光物質は抗酸化活性を有しており、UVを青色蛍光に変換して有害エネルギーを外へ逃がすだけではなく、抗酸化剤としても機能してDNAなどの生体分子を保護していると推察された。また多光励起顕微鏡と透過型電子顕微鏡を用いた観察から、蛍光物質はポレンコートと呼ばれる細胞外粘液中に局在することが分かった。次に蛍光に対するセイヨウミツバチの視認性と被誘引性を調べるため、クロロゲン酸を含む蛍光ろ紙と無処理ろ紙を乗せた給餌器を用いて太陽光下で二者択一試験を行った。その結果、蛍光ろ紙には無処理ろ紙よりも有意に多い個体が訪れ、ミツバチは花粉蛍光を視認して誘引されることが強く示唆された。花粉が蛍光を発する植物は虫媒花に限定されず、風媒花であるアカマツメタセコイアの花粉も青色蛍光を示した。このことから花粉に含まれる蛍光物質のより原始的な機能としてDNAの保護があり、その後進化の過程で昆虫によって蛍光が利用されるようになった可能性がある(Mori et al. 2018. J Chem Ecol 44, 591–600)。


懇親会やります!(自由集会W18「植物のかたち―実証的アプローチ―」と合同)
場所:三宮 完全個室 権兵衛-Gon-Bei-
   〒651-0092 兵庫県神戸市中央区下山手通2-10-3 RITS新道ビル3F
   TEL:050-3477-1216
時間:21:00~

2018年 第65回日本生態学会大会(札幌) 植物生理生態自由集会のお知らせ

2018年3月14日(水)18:15-20:15 --G会場
植物生理生態学の“見える化
企画者:吉村謙一(山形大・農)、南野亮子(岐阜大・流域セ)、上原歩(東電大・理工)、東若菜(京大・農)

近年の測定技術の進歩により、従来の方法では測定が困難だった植物の生理生態学的現象を捉えることが可能になってきた。特に、イメージング技術のめざましい発展にともなう植物内部の可視化による貢献は大きい。たとえば、植物体内の水や同化産物等の輸送は葉、枝、幹、根などの器官間での垂直的な動きや分布として把握されてきた。しかし、近赤外などの電磁波エネルギーの視覚化技術や(コンパクトMRIによる)樹液流速の面的な可視化技術により、組織や細胞レベルでの観察が可能になったことで、器官内部の水平的な動きや分布を捉えることができるようになった。また、ノイズ除去など従来からの解剖学的観察技術が発展してきていることに加えて、これまで瞬間を切り取ることによってしか捉えることのできなかった植物体内の現象を、植物が生きたままのリアルタイムで観察することも可能となってきた。
このように、従来の課題であった時空間的スケールの壁を克服するような植物体内の“見える化”の技術の進歩により、植物の水分通導や光合成といった生理生態学的現象の局所的なメカニズムから各器官間の時空間的な物質移動といった個体レベルまで、新しい植物の生理機能や生態特性が“見える化”してくることが期待される。本集会では、いくつかの新しい手法を用いて植物の生理生態学的現象の可視化に取り組んでいる研究者の方に講演いただき、これらの測定技術が生理生態学研究にもたらす発展の可能性について議論していきたい。
1. 趣旨説明−企画者
2. コンパクトMRIを用いた樹幹の樹液流速分布の可視化−平川雅文(東大・新領域)
3. 顕微赤外分光法によるスギ高木の針葉における水分保持メカニズムの解明−東若菜(京大・農)
4. 植物の蛍光イメージング:タイムゲート法で葉緑体自家蛍光を消す−児玉豊(宇都宮大・バイオセンター)
5. コメンテーター−三木直子(岡山大院・環境生命)
6. 総合討論


-懇親会のご案内-
集会後、懇親会を予定しています。集会の始めに参加人数の確認をします。
みなさまのご参加、お待ちしています!
日時:集会終了後、20:45〜 場所:はなの舞 東札幌駅前店 飲み放題付きコース3000円


コンパクトMRIを用いた樹幹の樹液流速分布の可視化 平川雅文(東大・新領域)
樹木の成長や生命維持には木部組織による水輸送が不可欠であり、森林の蒸発散は地球温暖化問題を考える上でも重要であることから、木部の樹液流速の測定や通水性に関する研究が盛んに行われている。従来の樹液流速測定手法では、センサー周囲の平均流速しか測定できなかったが、樹木の樹幹横断面には一次木部、二次木部、形成層、髄等、様々な組織が含まれる上に、道管や仮道管の直径は多様であるため、断面中の樹液流速分布は均一ではなく、実際の道管の通水状態を直接表すことはできなかった。このような従来の手法の限界に対するブレイクスルーとして非破壊測定手法の適用が試みられている。非破壊測定手法の一つであるMRI(核磁気共鳴画像法)は、水素原子核の発する信号を可視化することによって、樹幹横断面における各ピクセル内に存在する水分子の平均流速を非侵襲的に画像化することが可能である。MRIを用いた流速可視化手法の一つに位相シフト法がある。位相シフト法とは、MRIにおいて磁場勾配に沿った水分子の移動距離に応じて生じるMR信号の位相の変化から流速を算出する手法である。
本発表では、1.0 T 樹木用コンパクトMRIによる位相シフト法を用いて行った以下の実験の結果について報告する。まず、任意の流速でチューブに通水できる装置(フローファントム)の流速画像を作成し、位相シフト法により測定された流速を検証した。次に、2017年5月から約1か月毎に、環孔材樹種であるケヤキ(Zelkova serrata)と散孔材樹種であるシラカンバ(Betula platyphylla)の苗木について、位相シフト法を用いて1時間に1回の頻度で流速画像の作成を3日間ずつ行い、同時に光合成蒸散測定装置(Li-6400,LiCor)を用いて蒸散速度を測定した。


顕微赤外分光法によるスギ高木の針葉における水分保持メカニズムの解明 東若菜(京大・農)
樹木は高木になるほど光合成に有利な光環境を獲得できる一方で、そのような梢端の水分環境は根からの水分供給が物理的に困難となることから(水ストレス)、成長の制限要因と考えられてきた。近年、樹高50mのスギ(Cryptomeria japonica)や樹高100mのセコイアメスギ(Sequoia sempervirens)やセコイアオスギ(Sequoiadendron giganteum) といった高木種において、梢端の葉の貯水能が高くなることが明らかとなり、高さにともなう水ストレスが補償されることが示唆されている。しかし、葉内の水分がどのようなメカニズムで保持されているかについての理解は、未だ不十分である。これには葉内の水分状態を把握することが技術的に難しいことが要因の一つであると考えられる。
本発表では、これまで主に無機物を対象に用いられてきた顕微赤外分光法をスギの葉横断切片に適用することで、葉横断面上の水や糖類などの分布と定量情報を可視化した研究について紹介する。顕微赤外分光法により得られたスペクトル情報をもとに、高さにともなう組織ごとの葉の水分・化学成分の変化を抽出することで、維管束周辺に水分や糖類が多く保持されていることや、高所ほど葉肉組織へと分布が拡大していることが確認された。また、これらのスペクトル情報は生理学的測定値とも相関していた。さらに、赤外スペクトルは水素結合間距離の異なる水クラスターや多糖類に結合する水の成分へと分解することができ、新しい側面から葉の水分保持機構について考察することが可能である。梢端の葉では多糖類が水分保持に寄与しているとの作業仮説が考えられたが、今後の研究によってさらに発展していくことが期待される。


植物の蛍光イメージング:タイムゲート法で葉緑体自家蛍光を消す 児玉豊(宇都宮大・バイオセンター)蛍光タンパク質などを使ったイメージング技術は、分子細胞生物学における必須の実験ツールである。植物科学分野でも、新規タンパク質の細胞内局在性などを知るため、多くの研究で利用されている。しかし、植物細胞内には、高輝度な自家蛍光を発する葉緑体があるため、これが明瞭な蛍光イメージングの妨げとなり、これまで自由な解析が難しかった。これを解決する方法として、最近、私の研究室では、時間分解法(タイムゲート法)を用いて、蛍光イメージング像から、葉緑体の自家蛍光を完全に除去することに成功した(Kodama 2016 PLoS ONE, e0152484)。これまでに、タイムゲート法を用いることで、葉緑体内部や周辺に局在するタンパク質と融合した蛍光タンパク質(ストロマ局在タンパク質、葉緑体外包膜局在タンパク質、細胞骨格局在タンパク質など)を明瞭に可視化することに成功している(Kodama 2016 PLoS ONE, e0152484; Kimura & Kodama 2016 PeerJ,e2413; Tanaka et al. 2017 J Plant Res 130:1061-1070; Osaki & Kodama 2017 PeerJ,e3779)。また、ゼニゴケ、シロイヌナズナ、タバコ、イネなどの陸上植物だけでなく、微細藻類などにおいても自家蛍光の除去に成功しているため、タイムゲート法は、多くの光合成生物の蛍光イメージング解析に利用できると思われる。
 本発表では、ライカ社のWLL (White Light Laser) とHyD (Hybrid Detector) を用いたタイムゲート法で行った幾つかの実験結果について紹介する。タイムゲート法は、今後の植物蛍光イメージング研究を発展させる基盤技術になると思われる。

2017年 第64回日本生態学会大会(東京) 植物生理生態自由集会のおしらせ

第64回日本生態学会大会植物生理生態自由集会   
日時:2017年3月17日(金)18時-20時 J会場
樹木病害を生理プロセスから解き明かす
企画者:西田圭佑(京工繊大), 東若菜(京大・フィールド研), 南野亮子(岐阜大・流域セ), 吉村謙一(京大・農)

近年、マツ枯れやナラ枯れなどの樹木の大量枯死現象がみられ、森林保全を考える上で樹木病害に対する発病後の対処や予防方法の確立が求められている。樹木病害は、微生物や昆虫や獣類による加害、環境因子、加齢や遺伝的要因などが複合的に影響することにより生じる。その結果、樹木は生理障害を引き起こし、場合によっては枯死に至る。病害の発生メカニズムと進行プロセスは病害の種類によって異なるため、引き起こされる生理障害や生理機能の変化パターンは個々の病害によって大きく異なる。そのため、樹木病害の対処や予防を効果的に行うには、病害特有の生理障害とその進行パターンを熟知した上で対策を講じることが必要となる。
病原が樹木の生理機能に及ぼす影響および実際の現場での病害の発生メカニズムを把握するためには、制御環境下での操作実験で病害発生の主要因と生理機能変化の関係を見極め、フィールドでの生理生態学的手法による実測と照らし合わせることが重要である。また、植物生理生態学が既存の樹木病害処置法に科学的根拠を与え、応用学問である樹木医学に新たな風を吹き込むと期待される。
本集会では「病原」と「生理」と「病害処置」をつなぐことを目的として、樹木病害と生理機能の関係について研究をしておられる研究者の方、実社会の現場で樹木病害の対策をしておられる樹木医の方に講演いただき、樹木病害における生理プロセス研究の今後の発展性と課題について議論していきたい。

―趣旨説明:企画者
―樹木病害の病徴進展における宿主の生理的変化:市原優(森林総研・関西)
―樹木の南根腐病への感染が樹木個体内の水分生理特性へ与える影響:才木真太朗(京大・生態研)
―都市環境下における樹木の病徴と診断治療の現状:国正あゆ(中島樹木クリニック・樹木医
―コメンテーター:黒田慶子(神戸大・農)
―総合討論

懇親会のご案内
自由集会の終了後、懇親会を予定しています。
集会の始めに参加人数の確認をします。
みなさまのご参加、お待ちしています!
日時:集会終了後、20:30〜
場所:磨ゐ土



樹木病害の病徴進展における宿主の生理的変化
市原優(森林総研・関西)

樹木病害の発病は、宿主と病原の相互作用に環境要因が影響して生じる。そのため、樹木病害の生理を取り扱う際にはそれぞれの影響について考慮する必要があると言えるだろう。
樹木病害の病徴進展に関連する樹木生理には、大きく分けて2つある。一つは、病原侵入に対する防御反応を起こす二次代謝である。防御反応によって、抗菌物質や樹脂、ガム状物質を生成し、病原を封じ込め壊死斑の拡大を止める役割を持つ。もう一つは、二次代謝を起因として生じる木部通水阻害に関連した水分生理的現象である。マツ材線虫病に代表される萎凋病では、病原体の侵入増殖に伴い木部通水阻害が拡大し、樹体全体で枝葉の水分生理状態が影響を受ける。草本を対象とする植物病理学ではあまり取り扱われないものであり、樹木病害ならではの特徴といえるかもしれない。
病徴進展過程において、病徴として現れる壊死斑や通水阻害の形には、病原体の侵入様式が特徴的な違いをもたらすため、肉眼ではとらえられない病原体の侵入様式を明瞭にすることが病徴進展の理解につながることが多い。本講演では、萎凋病害であるマツ材線虫病とナラ枯れの事例を紹介する。
また、光不足や水ストレス等の環境要因が発病に影響を与える。感染後の病徴進展時には水ストレスが萎凋症状促進に関わっている。一方、感染前の環境要因が防御物質集積や防御組織形成に影響し発病を左右する。後者の光不足の事例として、天然更新に関わるブナ実生立枯病について紹介する。


樹木の南根腐病への感染が樹木個体内の水分生理特性へ与える影響
才木真太朗(京大・生態研)

南根腐病はシマサルノコシカケ(学名: Phellinus noxius (Corner) G. Cunn. )という担子菌類が樹木の根に感染し枯死させる根株腐朽病である。熱帯から亜熱帯に広く分布し大きな被害を引き起こす重要病害とされている。本菌は一般的な腐朽菌と異なり、菌糸を生細胞の存在する形成層で伸長させるため病原性のある腐朽菌である。南根腐病に感染した樹木は葉の変色や枝枯れがみられといった萎凋症状が起こりやがて枯死する。このような萎凋症状を起こす世界的に有名な樹病にマツ材線虫病(マツ枯れ)やブナ科樹木萎凋病(ナラ枯)がある。例えばナラ枯では、キクイムシに運ばれた糸状菌が樹木体内に入り辺材部の柔組織で増殖する。そして糸状菌の感染部位の辺材では二次代謝物質が生成され菌の進行が抑制される。しかし一方で、この二次代謝物質により樹体内部で脱水が起き、水の通導組織(道管)の機能が失われる。このように、萎凋病では病原菌の感染により感染部の通水機能が失われるために萎凋症状は起こり樹木が枯死する。これまでは、南根腐病でも感染部位である根が侵されることで萎凋症状が起こると考えられてきたが、感染後の樹木枯死メカニズムは明らかになっておらず、本病害の対策を行う上で障害となっている。そこで我々は、小笠原諸島で本病害による被害が多いシャリンバイのポット苗木を用いて本病原菌の接種実験を行った。視覚的に菌の進行程度を確認するために菌の細胞壁を蛍光色素で染める組織学の手法を、樹木の光合成や通水機能等を測定するため樹木生理学の手法をそれぞれ用いて、菌の樹体内への進行と樹木応答との関係性を明らかにした。
菌の接種は個体の地際部に行った。菌の樹体内への進行程度は蛍光色素による木部切片の観察から、「control : 非接種」、「stage1 : 樹皮内部で菌を確認」と、より感染が進んだ「stage2 : 木部で菌を確認」の3つに区別した。Stage1ではcontrolに比べ、葉の光合成速度、側根当たりの細根の乾燥重量、菌の感染部位より下部(根)のでんぷん量、通水可能な辺材面積割合が減少した。これらの結果は、細根の減少による通水抵抗の増加により光合成速度が低下したことと、菌が師部組織に侵入することで光合成物質の輸送機能障害により根のでんぷん量が減少したことをそれぞれ示唆している。また、菌の確認されていない木部でも通水機能が低下することが明らかになった。Stage2ではcontrolと比べ、接種した地際部で明らかな通水機能不全が起こっていた。通水機能不全が起きた木部では、菌の道管内への侵入と木部の脱水の両方が確認された。しかし、通水機能不全が起きている木部には水が残っていることがあり、必ずしも通水機能不全が樹木体内の脱水によって起こっているわけではないことが明らかになった。この結果は、南根腐病の萎凋のメカニズムはマツ材線虫病やブナ科樹木萎凋病とは異なることを示唆している。つまり、本病害の初期段階では感染後に起こる細根の減少が水不足ストレスを引き起こし、光合成と通水機能が抑制されており、菌が感染した木部の脱水が起こることなく萎凋症状が現れる可能性を示唆している。


都市環境下における樹木の病徴と診断治療の現状
国正あゆ(中島樹木クリニック・樹木医

近年、人々の緑の役割への関心の高まりとともに、樹木医の仕事も多岐に拡がってきている。様々な種類の業務の中でも樹木を扱うという点は共通しており、植物の生理生態学の知識は根底の基礎として必要不可欠である。例えば普段の筆者の行っている業務の中に樹木の診断があるが、診断では樹勢の衰退した樹木に対し、葉の状態及び枝の伸長や混み具合等の樹木が出しているサインから何が原因となって樹木が弱っているのかを推察しなければならない。もし対象木に葉の萎凋が見られた場合、その萎凋が樹木全体か、古い葉からまたは新葉からか、葉先から起こっているかを観察し、通水阻害がどのようなメカニズムで起こっているかを生理学的観点から考察することで、樹勢衰退の原因が推察できることもある。しかし実際に都市環境下で見られる弱った樹木は複合的な要因、特殊な環境等により、複数の障害をかかえ病徴も複雑になることが多い。基礎的な知識だけでは衰退原因の解明に難しいことも多く、常に最新の研究情報を得る必要があることを常に感じている。衰退原因の推察が終わると必要に応じて樹木の治療を行っていく。治療では診断に基づいて樹勢の衰退原因を取り払い、状況に応じて肥料を施したりするのだが、施主の要望を考慮しつつも、フェノロジーを理解した樹木の負担にならない工期、施工範囲の選択が重要となってくる。また病害虫が原因による樹勢衰退の場合は樹木の生態のみならず菌や害虫の生態を知り、さらに薬品の菌や害虫へのアプローチ方法を知ることで効果的な農薬の選出と実施時期が決定する。治療に関しても、樹種や環境等によって施工の方法が変更する必要があり、常に多くの研究事例を得ていくことでより臨機応変な治療ができると考えられる。

2016年 第63回日本生態学会大会(仙台) 植物生理生態自由集会のおしらせ

自由集会 W08 -- 3月21日 17:30-19:30 仙台国際センター RoomI
分光観測で解き明かす植物生理生態プロセス

企画者 : 東若菜(神戸大・農) , 鎌倉真依(京大・農), 杉浦大輔(東大院・理), 吉村謙一(森林総研関西)

植物体の化学組成や生理活性に応じて変化する分光特性をセンシングする技術は、非破壊的に植物の生理的状態を観測できる点で有効である。葉や根などの器官の分光画像から生理活性を評価する「近接センシング」から、衛星や航空機を利用して、群落から全球スケールに至る陸域生態系の機能と構造を推定する狭義の「リモートセンシング」まで、対象とする時空間スケールは非常に幅広い。
植物生理生態学においては、幅広い波長域に及ぶハイパースペクトル画像を利用した代謝物質の解析や、太陽光誘発クロロフィル蛍光を利用した生理プロセスに準じた植生全体の光合成速度の推定が注目されており、分光測定と生理生態学を統合した研究の進展が今後も期待される。
これらの技術が植物生理生態学分野においてより一般的な手法として普及していくためには、測定原理や統計モデリングによる解析手法の体系的理解や、現状の問題点や解決方策、将来的な可能性の議論は必須である。本集会では、様々な時空間スケールにおいて分光技術を利用した植物機能の評価を行っている講演者にその内容をご紹介していただき、分光観測を用いた生理生態学研究の今後の発展性について考えていきたい。

コメンテーター:中路達郎(北大・FSC

[W08-2] 太陽光誘発クロロフィル蛍光による生態系光合成機能の観測  加藤知道(北大・農)
[W08-3] 植物の生理生態的特性のリモートセンシング―個葉レベルから衛星観測までを繋ぐ― 野田響(国環研)
[W08-1] 近接画像分光技術を利用した革新的樹苗生産に向けた取り組み  松田修(九大院・理)

(講演順を変更いたしました)



懇親会のご案内
日時:2016年3月21日(月)20:30〜 居酒屋 風のごとく(会場から仙台駅方面に歩いて15分ほど)
http://tabelog.com/miyagi/A0401/A040101/4001579/
内容:120分飲み放題付きコース



太陽光誘発クロロフィル蛍光による生態系光合成機能の観測
加藤知道  北海道大学農学研究院

森林や草原などの生態系は光合成により、温室効果ガスであるCO2を大気から吸収しており、生態系光合成量を正確に把握することは、将来の地球の気候変化を予測する上で非常に重要である。その広域的な量を押さえるためには、衛星データを利用することが一般的であるが、従来の植生指標(NDVI、EVIなど)は葉の緑色を反映するのみであり、常緑林の冬期や、干ばつなどで一時的にストレスを受けている生態系の光合成量を推定することには向いていない。
 光合成は太陽光を利用するが、利用されなかった光エネルギーの一部は、クロロフィル(葉緑素)蛍光として放出される(太陽光誘発クロロフィル蛍光:Sun-Induced Fluorescence, SIF)。これまで、SIFは、個葉などの小さいスケールでのストレス診断に用いられるのみであったが、最近、生態系レベルの大きなスケールで、光合成速度(総一次生産量)との相関が大変高いことがわかってきており(Frankenberg et al., 2011; Zarco-Tejada et al., 2013, AFMなど)、SIFを生態系CO2吸収量の推定に生かすことが非常に期待されている。一方で、地上観測データによる検証は、ほとんど進んでいないため、利用可能性が狭められている。
 そこで私は様々な方の協力の元で、日本の植物季節観測ネットワーク(Phenological Eyes Network: PEN)による分光放射データを利用し、異なる生態系タイプの5カ所のサイト(水田:真瀬、草原:筑波大アイソトープ研圃場、落葉広葉林:高山TKY、常緑針葉林:高山TKC、落葉針葉林:富士北麓)において、760nm付近のO2-A吸収帯のSIFをFraunhofer Line Depth (FLD)法にて算出した。本発表では、2005-2013年間のこれらSIFと渦相関法によって観測された総一次生産(GPP)についての初歩的な結果と、SIFの生態系光合成量の推定についてのレビューや今後の方向性を示す予定である。


植物の生理生態的特性のリモートセンシング―個葉レベルから衛星観測までを繋ぐ―
国立環境研究所 地球環境研究センター 野田響

植物生理生態学的な研究手法と知見は,植物と環境との間を繋ぐ植物の形態機能や生理的機能に焦点を当てることで,様々な時空間スケールにおける生態現象の解明に貢献してきた。現在,環境動態科学の最重要課題のひとつである地球規模で進行する気候変動と人間活動が生態系の構造と機能に与える影響のモニタリングとそのメカニズム解明においても植物生理生態学の果たす役割は大きい。生態系モニタリングの有効な手段として,観測タワー上に設置した観測機器や航空機,さらに人工衛星を利用した観測,すなわちリモートセンシングが挙げられる。リモートセンシングでは多くの場合,太陽光の群落表面からの反射光を観測する。群落からの反射光は,その群落の葉群構造と群落を構成する個葉の反射と透過によって決まる。そして個葉の反射・透過特性は,葉の生化学的な組成と解剖学的な特性によって決まる。従って,群落の反射光の情報から植生の生理生態学的な機能と構造を理解するには,植物生理生態学的な知見が欠かせない。また近年では,温室効果ガス観測衛星を利用した植物が発するクロロフィル蛍光の観測が大きな注目を集めており,ますます植物生理生態学的な知見が必要とされている。
本発表では,植物生理生態学リモートセンシングの関わりについて,具体例を挙げながら解説をする。


近接画像分光技術を利用した革新的樹苗生産に向けた取り組み
松田 修(九州大学 大学院理学研究院生物科学部門・助教

生物は外界の環境や生育のステージに応じて、自らの形態や身体を構成する代謝物の組成を変化させることにより、適応的に生きている。これらの変化の中には、われわれが容易に知覚できるものから、人間に備わる五感では捉えきれないものまで様々である。たとえば、モミジの葉が緑色から黄色、赤色へと変化する様子から、クロロフィルが分解され、アントシアニンが蓄積する生理的プロセスが機能していることを推察することができる。一方、夜が明けて太陽の光が降り注ぐとき、光合成産物であるデンプンが葉内に蓄積していくさまを感覚的に捉えることは不可能である。いずれも代謝物組成の大幅な変動をともなうプロセスであるが、色素とは異なり、生体内のデンプンがわれわれにとって不可視だからである。これらの変動が漏れなく知覚される世界は、おおよそ煩わしいものに違いない。しかし、五感の万能性を疑い、有用なセンサを活用してその超克を試みることは、生物をめぐる新たな現象や方法を見出すための近道であるといえるかもしれない。
例に挙げたデンプンという分子そのものは、たしかに人間にとって無味・無臭、そして無色である。しかし、あらゆる化合物は、分子を構成する化学結合に依存した、固有の赤外分光特性を有している。赤外光が見える世界では、均質化された塩や砂糖も容易に見分けることができ、水でさえ固有の色を呈することになる。生物試料を対象とすれば、その時々の主要代謝物の組成を反映した“フィンガープリント”を瞬時に得ることができる。生物科学における赤外分光技術の使途および可能性はきわめて幅広い。
発表者が赤外分光技術および面的な分光計測を可能とする画像分光技術に最初に着眼したのは10年以上前のことであり、当時は遺伝学研究において、突然変異に起因する微小な表現型の変化を高感度かつ定量的に検出することを目的としていた。その後、分野横断的およびスケール縦断的な共同課題に取り組む中から、優良種子の事前選別を通じて、植物生産、とりわけ樹苗生産の効率を飛躍的に高める手法を見出し、産業界からの注目をいただいている。本発表では、赤外画像分光技術の概要と林業生産におけるアプリケーションに関する話題に加え、今日的な課題の解決において基礎科学の視点を有効に生かすための方策について議論を行いたいと考えている。

【関連業績】
松田ほか (2016) 高発芽率を実現する樹木種子の選別技術 森林遺伝育種 5: 21-25
Matsuda et al. (2015) Determination of seed soundness in conifers Cryptomeria japonica and Chamaecyparis obtusa using narrow-multiband spectral imaging in the short-wavelength infrared range. PLOS ONE 10(6): e0128358
松田ほか (2014) 近接ハイパースペクトルイメージングに基づく植物遺伝学研究の新展開 日本生態学会誌 64: 205-213
Matsuda et al. (2012) Hyperspectral imaging techniques for rapid identification of Arabidopsis mutants with altered leaf pigment status. Plant Cell Physiol. 53: 1154-1170