2017年 第64回日本生態学会大会(東京) 植物生理生態自由集会のおしらせ

第64回日本生態学会大会植物生理生態自由集会   
日時:2017年3月17日(金)18時-20時 J会場
樹木病害を生理プロセスから解き明かす
企画者:西田圭佑(京工繊大), 東若菜(京大・フィールド研), 南野亮子(岐阜大・流域セ), 吉村謙一(京大・農)

近年、マツ枯れやナラ枯れなどの樹木の大量枯死現象がみられ、森林保全を考える上で樹木病害に対する発病後の対処や予防方法の確立が求められている。樹木病害は、微生物や昆虫や獣類による加害、環境因子、加齢や遺伝的要因などが複合的に影響することにより生じる。その結果、樹木は生理障害を引き起こし、場合によっては枯死に至る。病害の発生メカニズムと進行プロセスは病害の種類によって異なるため、引き起こされる生理障害や生理機能の変化パターンは個々の病害によって大きく異なる。そのため、樹木病害の対処や予防を効果的に行うには、病害特有の生理障害とその進行パターンを熟知した上で対策を講じることが必要となる。
病原が樹木の生理機能に及ぼす影響および実際の現場での病害の発生メカニズムを把握するためには、制御環境下での操作実験で病害発生の主要因と生理機能変化の関係を見極め、フィールドでの生理生態学的手法による実測と照らし合わせることが重要である。また、植物生理生態学が既存の樹木病害処置法に科学的根拠を与え、応用学問である樹木医学に新たな風を吹き込むと期待される。
本集会では「病原」と「生理」と「病害処置」をつなぐことを目的として、樹木病害と生理機能の関係について研究をしておられる研究者の方、実社会の現場で樹木病害の対策をしておられる樹木医の方に講演いただき、樹木病害における生理プロセス研究の今後の発展性と課題について議論していきたい。

―趣旨説明:企画者
―樹木病害の病徴進展における宿主の生理的変化:市原優(森林総研・関西)
―樹木の南根腐病への感染が樹木個体内の水分生理特性へ与える影響:才木真太朗(京大・生態研)
―都市環境下における樹木の病徴と診断治療の現状:国正あゆ(中島樹木クリニック・樹木医
―コメンテーター:黒田慶子(神戸大・農)
―総合討論

懇親会のご案内
自由集会の終了後、懇親会を予定しています。
集会の始めに参加人数の確認をします。
みなさまのご参加、お待ちしています!
日時:集会終了後、20:30〜
場所:磨ゐ土



樹木病害の病徴進展における宿主の生理的変化
市原優(森林総研・関西)

樹木病害の発病は、宿主と病原の相互作用に環境要因が影響して生じる。そのため、樹木病害の生理を取り扱う際にはそれぞれの影響について考慮する必要があると言えるだろう。
樹木病害の病徴進展に関連する樹木生理には、大きく分けて2つある。一つは、病原侵入に対する防御反応を起こす二次代謝である。防御反応によって、抗菌物質や樹脂、ガム状物質を生成し、病原を封じ込め壊死斑の拡大を止める役割を持つ。もう一つは、二次代謝を起因として生じる木部通水阻害に関連した水分生理的現象である。マツ材線虫病に代表される萎凋病では、病原体の侵入増殖に伴い木部通水阻害が拡大し、樹体全体で枝葉の水分生理状態が影響を受ける。草本を対象とする植物病理学ではあまり取り扱われないものであり、樹木病害ならではの特徴といえるかもしれない。
病徴進展過程において、病徴として現れる壊死斑や通水阻害の形には、病原体の侵入様式が特徴的な違いをもたらすため、肉眼ではとらえられない病原体の侵入様式を明瞭にすることが病徴進展の理解につながることが多い。本講演では、萎凋病害であるマツ材線虫病とナラ枯れの事例を紹介する。
また、光不足や水ストレス等の環境要因が発病に影響を与える。感染後の病徴進展時には水ストレスが萎凋症状促進に関わっている。一方、感染前の環境要因が防御物質集積や防御組織形成に影響し発病を左右する。後者の光不足の事例として、天然更新に関わるブナ実生立枯病について紹介する。


樹木の南根腐病への感染が樹木個体内の水分生理特性へ与える影響
才木真太朗(京大・生態研)

南根腐病はシマサルノコシカケ(学名: Phellinus noxius (Corner) G. Cunn. )という担子菌類が樹木の根に感染し枯死させる根株腐朽病である。熱帯から亜熱帯に広く分布し大きな被害を引き起こす重要病害とされている。本菌は一般的な腐朽菌と異なり、菌糸を生細胞の存在する形成層で伸長させるため病原性のある腐朽菌である。南根腐病に感染した樹木は葉の変色や枝枯れがみられといった萎凋症状が起こりやがて枯死する。このような萎凋症状を起こす世界的に有名な樹病にマツ材線虫病(マツ枯れ)やブナ科樹木萎凋病(ナラ枯)がある。例えばナラ枯では、キクイムシに運ばれた糸状菌が樹木体内に入り辺材部の柔組織で増殖する。そして糸状菌の感染部位の辺材では二次代謝物質が生成され菌の進行が抑制される。しかし一方で、この二次代謝物質により樹体内部で脱水が起き、水の通導組織(道管)の機能が失われる。このように、萎凋病では病原菌の感染により感染部の通水機能が失われるために萎凋症状は起こり樹木が枯死する。これまでは、南根腐病でも感染部位である根が侵されることで萎凋症状が起こると考えられてきたが、感染後の樹木枯死メカニズムは明らかになっておらず、本病害の対策を行う上で障害となっている。そこで我々は、小笠原諸島で本病害による被害が多いシャリンバイのポット苗木を用いて本病原菌の接種実験を行った。視覚的に菌の進行程度を確認するために菌の細胞壁を蛍光色素で染める組織学の手法を、樹木の光合成や通水機能等を測定するため樹木生理学の手法をそれぞれ用いて、菌の樹体内への進行と樹木応答との関係性を明らかにした。
菌の接種は個体の地際部に行った。菌の樹体内への進行程度は蛍光色素による木部切片の観察から、「control : 非接種」、「stage1 : 樹皮内部で菌を確認」と、より感染が進んだ「stage2 : 木部で菌を確認」の3つに区別した。Stage1ではcontrolに比べ、葉の光合成速度、側根当たりの細根の乾燥重量、菌の感染部位より下部(根)のでんぷん量、通水可能な辺材面積割合が減少した。これらの結果は、細根の減少による通水抵抗の増加により光合成速度が低下したことと、菌が師部組織に侵入することで光合成物質の輸送機能障害により根のでんぷん量が減少したことをそれぞれ示唆している。また、菌の確認されていない木部でも通水機能が低下することが明らかになった。Stage2ではcontrolと比べ、接種した地際部で明らかな通水機能不全が起こっていた。通水機能不全が起きた木部では、菌の道管内への侵入と木部の脱水の両方が確認された。しかし、通水機能不全が起きている木部には水が残っていることがあり、必ずしも通水機能不全が樹木体内の脱水によって起こっているわけではないことが明らかになった。この結果は、南根腐病の萎凋のメカニズムはマツ材線虫病やブナ科樹木萎凋病とは異なることを示唆している。つまり、本病害の初期段階では感染後に起こる細根の減少が水不足ストレスを引き起こし、光合成と通水機能が抑制されており、菌が感染した木部の脱水が起こることなく萎凋症状が現れる可能性を示唆している。


都市環境下における樹木の病徴と診断治療の現状
国正あゆ(中島樹木クリニック・樹木医

近年、人々の緑の役割への関心の高まりとともに、樹木医の仕事も多岐に拡がってきている。様々な種類の業務の中でも樹木を扱うという点は共通しており、植物の生理生態学の知識は根底の基礎として必要不可欠である。例えば普段の筆者の行っている業務の中に樹木の診断があるが、診断では樹勢の衰退した樹木に対し、葉の状態及び枝の伸長や混み具合等の樹木が出しているサインから何が原因となって樹木が弱っているのかを推察しなければならない。もし対象木に葉の萎凋が見られた場合、その萎凋が樹木全体か、古い葉からまたは新葉からか、葉先から起こっているかを観察し、通水阻害がどのようなメカニズムで起こっているかを生理学的観点から考察することで、樹勢衰退の原因が推察できることもある。しかし実際に都市環境下で見られる弱った樹木は複合的な要因、特殊な環境等により、複数の障害をかかえ病徴も複雑になることが多い。基礎的な知識だけでは衰退原因の解明に難しいことも多く、常に最新の研究情報を得る必要があることを常に感じている。衰退原因の推察が終わると必要に応じて樹木の治療を行っていく。治療では診断に基づいて樹勢の衰退原因を取り払い、状況に応じて肥料を施したりするのだが、施主の要望を考慮しつつも、フェノロジーを理解した樹木の負担にならない工期、施工範囲の選択が重要となってくる。また病害虫が原因による樹勢衰退の場合は樹木の生態のみならず菌や害虫の生態を知り、さらに薬品の菌や害虫へのアプローチ方法を知ることで効果的な農薬の選出と実施時期が決定する。治療に関しても、樹種や環境等によって施工の方法が変更する必要があり、常に多くの研究事例を得ていくことでより臨機応変な治療ができると考えられる。