2016年 第63回日本生態学会大会(仙台) 植物生理生態自由集会のおしらせ

自由集会 W08 -- 3月21日 17:30-19:30 仙台国際センター RoomI
分光観測で解き明かす植物生理生態プロセス

企画者 : 東若菜(神戸大・農) , 鎌倉真依(京大・農), 杉浦大輔(東大院・理), 吉村謙一(森林総研関西)

植物体の化学組成や生理活性に応じて変化する分光特性をセンシングする技術は、非破壊的に植物の生理的状態を観測できる点で有効である。葉や根などの器官の分光画像から生理活性を評価する「近接センシング」から、衛星や航空機を利用して、群落から全球スケールに至る陸域生態系の機能と構造を推定する狭義の「リモートセンシング」まで、対象とする時空間スケールは非常に幅広い。
植物生理生態学においては、幅広い波長域に及ぶハイパースペクトル画像を利用した代謝物質の解析や、太陽光誘発クロロフィル蛍光を利用した生理プロセスに準じた植生全体の光合成速度の推定が注目されており、分光測定と生理生態学を統合した研究の進展が今後も期待される。
これらの技術が植物生理生態学分野においてより一般的な手法として普及していくためには、測定原理や統計モデリングによる解析手法の体系的理解や、現状の問題点や解決方策、将来的な可能性の議論は必須である。本集会では、様々な時空間スケールにおいて分光技術を利用した植物機能の評価を行っている講演者にその内容をご紹介していただき、分光観測を用いた生理生態学研究の今後の発展性について考えていきたい。

コメンテーター:中路達郎(北大・FSC

[W08-2] 太陽光誘発クロロフィル蛍光による生態系光合成機能の観測  加藤知道(北大・農)
[W08-3] 植物の生理生態的特性のリモートセンシング―個葉レベルから衛星観測までを繋ぐ― 野田響(国環研)
[W08-1] 近接画像分光技術を利用した革新的樹苗生産に向けた取り組み  松田修(九大院・理)

(講演順を変更いたしました)



懇親会のご案内
日時:2016年3月21日(月)20:30〜 居酒屋 風のごとく(会場から仙台駅方面に歩いて15分ほど)
http://tabelog.com/miyagi/A0401/A040101/4001579/
内容:120分飲み放題付きコース



太陽光誘発クロロフィル蛍光による生態系光合成機能の観測
加藤知道  北海道大学農学研究院

森林や草原などの生態系は光合成により、温室効果ガスであるCO2を大気から吸収しており、生態系光合成量を正確に把握することは、将来の地球の気候変化を予測する上で非常に重要である。その広域的な量を押さえるためには、衛星データを利用することが一般的であるが、従来の植生指標(NDVI、EVIなど)は葉の緑色を反映するのみであり、常緑林の冬期や、干ばつなどで一時的にストレスを受けている生態系の光合成量を推定することには向いていない。
 光合成は太陽光を利用するが、利用されなかった光エネルギーの一部は、クロロフィル(葉緑素)蛍光として放出される(太陽光誘発クロロフィル蛍光:Sun-Induced Fluorescence, SIF)。これまで、SIFは、個葉などの小さいスケールでのストレス診断に用いられるのみであったが、最近、生態系レベルの大きなスケールで、光合成速度(総一次生産量)との相関が大変高いことがわかってきており(Frankenberg et al., 2011; Zarco-Tejada et al., 2013, AFMなど)、SIFを生態系CO2吸収量の推定に生かすことが非常に期待されている。一方で、地上観測データによる検証は、ほとんど進んでいないため、利用可能性が狭められている。
 そこで私は様々な方の協力の元で、日本の植物季節観測ネットワーク(Phenological Eyes Network: PEN)による分光放射データを利用し、異なる生態系タイプの5カ所のサイト(水田:真瀬、草原:筑波大アイソトープ研圃場、落葉広葉林:高山TKY、常緑針葉林:高山TKC、落葉針葉林:富士北麓)において、760nm付近のO2-A吸収帯のSIFをFraunhofer Line Depth (FLD)法にて算出した。本発表では、2005-2013年間のこれらSIFと渦相関法によって観測された総一次生産(GPP)についての初歩的な結果と、SIFの生態系光合成量の推定についてのレビューや今後の方向性を示す予定である。


植物の生理生態的特性のリモートセンシング―個葉レベルから衛星観測までを繋ぐ―
国立環境研究所 地球環境研究センター 野田響

植物生理生態学的な研究手法と知見は,植物と環境との間を繋ぐ植物の形態機能や生理的機能に焦点を当てることで,様々な時空間スケールにおける生態現象の解明に貢献してきた。現在,環境動態科学の最重要課題のひとつである地球規模で進行する気候変動と人間活動が生態系の構造と機能に与える影響のモニタリングとそのメカニズム解明においても植物生理生態学の果たす役割は大きい。生態系モニタリングの有効な手段として,観測タワー上に設置した観測機器や航空機,さらに人工衛星を利用した観測,すなわちリモートセンシングが挙げられる。リモートセンシングでは多くの場合,太陽光の群落表面からの反射光を観測する。群落からの反射光は,その群落の葉群構造と群落を構成する個葉の反射と透過によって決まる。そして個葉の反射・透過特性は,葉の生化学的な組成と解剖学的な特性によって決まる。従って,群落の反射光の情報から植生の生理生態学的な機能と構造を理解するには,植物生理生態学的な知見が欠かせない。また近年では,温室効果ガス観測衛星を利用した植物が発するクロロフィル蛍光の観測が大きな注目を集めており,ますます植物生理生態学的な知見が必要とされている。
本発表では,植物生理生態学リモートセンシングの関わりについて,具体例を挙げながら解説をする。


近接画像分光技術を利用した革新的樹苗生産に向けた取り組み
松田 修(九州大学 大学院理学研究院生物科学部門・助教

生物は外界の環境や生育のステージに応じて、自らの形態や身体を構成する代謝物の組成を変化させることにより、適応的に生きている。これらの変化の中には、われわれが容易に知覚できるものから、人間に備わる五感では捉えきれないものまで様々である。たとえば、モミジの葉が緑色から黄色、赤色へと変化する様子から、クロロフィルが分解され、アントシアニンが蓄積する生理的プロセスが機能していることを推察することができる。一方、夜が明けて太陽の光が降り注ぐとき、光合成産物であるデンプンが葉内に蓄積していくさまを感覚的に捉えることは不可能である。いずれも代謝物組成の大幅な変動をともなうプロセスであるが、色素とは異なり、生体内のデンプンがわれわれにとって不可視だからである。これらの変動が漏れなく知覚される世界は、おおよそ煩わしいものに違いない。しかし、五感の万能性を疑い、有用なセンサを活用してその超克を試みることは、生物をめぐる新たな現象や方法を見出すための近道であるといえるかもしれない。
例に挙げたデンプンという分子そのものは、たしかに人間にとって無味・無臭、そして無色である。しかし、あらゆる化合物は、分子を構成する化学結合に依存した、固有の赤外分光特性を有している。赤外光が見える世界では、均質化された塩や砂糖も容易に見分けることができ、水でさえ固有の色を呈することになる。生物試料を対象とすれば、その時々の主要代謝物の組成を反映した“フィンガープリント”を瞬時に得ることができる。生物科学における赤外分光技術の使途および可能性はきわめて幅広い。
発表者が赤外分光技術および面的な分光計測を可能とする画像分光技術に最初に着眼したのは10年以上前のことであり、当時は遺伝学研究において、突然変異に起因する微小な表現型の変化を高感度かつ定量的に検出することを目的としていた。その後、分野横断的およびスケール縦断的な共同課題に取り組む中から、優良種子の事前選別を通じて、植物生産、とりわけ樹苗生産の効率を飛躍的に高める手法を見出し、産業界からの注目をいただいている。本発表では、赤外画像分光技術の概要と林業生産におけるアプリケーションに関する話題に加え、今日的な課題の解決において基礎科学の視点を有効に生かすための方策について議論を行いたいと考えている。

【関連業績】
松田ほか (2016) 高発芽率を実現する樹木種子の選別技術 森林遺伝育種 5: 21-25
Matsuda et al. (2015) Determination of seed soundness in conifers Cryptomeria japonica and Chamaecyparis obtusa using narrow-multiband spectral imaging in the short-wavelength infrared range. PLOS ONE 10(6): e0128358
松田ほか (2014) 近接ハイパースペクトルイメージングに基づく植物遺伝学研究の新展開 日本生態学会誌 64: 205-213
Matsuda et al. (2012) Hyperspectral imaging techniques for rapid identification of Arabidopsis mutants with altered leaf pigment status. Plant Cell Physiol. 53: 1154-1170