2011年 第58回日本生態学会札幌大会 植物生理生態学自由集会のお知らせ

第58回日本生態学会札幌大会において開催される、植物生理生態学自由集会についてお知らせします。
みなさまどうぞお越しください!

日程:2011年3月9日 18:00〜20:00
会場:札幌コンベンションセンター J 会場

タイトル:植物の環境応答 ー 同位体分析が解き明かす生理生態的プロセス

企画者: 野田響(筑波大・生命環境)、宮沢良行(九大東ア環研)、宮崎祐子(北大・地球環境)、鍋嶋絵里(東京農工大学

集会要旨:
植物の環境応答に関する生理生態学的な研究は,広範な空間的スケール(細胞から生態系まで)と時間的スケール(秒から年まで)を網羅しながら,様々な生態 学的現象の解明や気候変動影響予測など,多岐にわたるテーマへのアプローチを可能にしてきた。中でも,近年の炭素・窒素・酸素の同位体分析手法の導入は, 物質の由来の特定などにより,過去にさかのぼったプロセス解明も含む,より広範な時間・空間スケールで,より詳細な生理生態的プロセスの解明を可能にして いる。現在では,同位体分析と従来の生理生態学的手法とを組み合わせた研究により,植物の環境応答のダイナミックなメカニズムの理解が飛躍的に進歩しつつ ある。本集会では,同位体分析をツールとした植物の環境応答研究において精力的な研究を展開している研究者3名による,(1)炭素安定同位体法による葉内 のCO2拡散の物理的抵抗の推定,(2)樹木の年輪炭素同位体分析による古環境の復元,(3)安定同位体比による乾燥地に生育する樹木個体の水利用戦略の 解明のそれぞれのテーマについての最新の研究手法および成果の紹介を中心とした講演を予定している。これらの講演を通して,同位体をツールとした研究が持つ可能性について理解を深め,今後の展望について議論を行う。

コメンテーター:半場祐子(京都工芸繊維大学


炭素安定同位体法を用いた、葉内CO2拡散モデルの解析
田副 雄士(京都大学大学院 生命科学研究科 統合生命科学専攻)

植物の光合成において、気孔から入ってきたCO2は、細胞間隙中を拡散によって移動し、葉肉細胞の細胞壁表面に付着している水に溶けた後、細胞膜、細胞質、葉緑体の包膜を通り、最終的に葉緑体内のRubiscoによって固定されるが、この一連のCO2の拡散移動には、気孔と同程度の物理的抵抗が生じている。このような、葉内におけるCO2拡散の物理的抵抗の逆数は、葉内CO2コンダクタンス(mesophyll conductance; gm)と呼ばれ、炭素安定同位体法を基に構築された、葉内CO2拡散モデル(Evans et al. 1986)により見積もることができる。gmは、葉内におけるCO2の拡散に大きく寄与しており、気孔に次ぐ第二の光合成律速要因として、注目されている。
gmはCO2拡散の物理的抵抗を反映しているため、葉の形態的特徴、例えば葉肉細胞の細胞壁の厚さや、細胞間隙に接する葉緑体の面積により決定すると考えられてきた。しかし、近年、植物細胞の細胞膜や葉緑体の包膜に局在する、水を通す小孔(アクアポリン)が、CO2も透過させている可能性が指摘された(Terashima & Ono 2002)。これを裏付けるように、アクアポリンを増強させたイネの形質転換体では、gmが大きくなり、光合成速度も増加したと報告されている(Hanba et al. 2004)。これらの仮説が正しければ、アクアポリンの活性変化により、gmも変化する可能性が高い。最近では、Tunable diode laser absorption spectroscopeといった、高性能のレーザー分光装置の普及のお陰で、同位体比の検出精度や測定速度が飛躍的に向上し、詳細なgmの解析が可能となった。そこで、より正確なgmを見積もるために、一般的にgmの計算に用いられている葉内CO2拡散モデルの改良への機運も高まっている。今後、gmに関しては、形質転換体を用いた研究や、葉内CO2拡散モデルの改良により、従来までの定説が覆される可能性もある。



樹木年輪炭素同位体比を用いた東シベリアタイガ林の過去の土壌水分量復元
鄭 峻介(北海道大学大学院環境科学院)

東シベリアタイガ林は、内陸性の乾燥気候帯に位置している。そのような、乾燥地域においては樹木の年輪炭素同位体比は土壌水分量、降水量などの水分環境によって主に規定されていると考えられている。本発表では、東シベリアタイガ林の優占種であるカラマツ(Larix cajanderi)の年輪炭素同位体比を指標として過去の土壌水分量を推定した結果とその妥当性について考察し、古環境復元の指標としての樹木年輪炭素同位体比の有用性について議論する。



安定同位体比から見る乾燥地植物の水利用:蒸散抑制,吸水における不定根の役割,夜露の利用,葉からの吸水の解明に挑む
松尾奈緒子(三重大生物資源)、大橋達矢(三重大生物資源)、楊霊麗(岡山大環境)、吉川賢(岡山大環境)、張国盛(内蒙古農業大)、王林和(内蒙古農業大)

乾燥地域は気温の日較差が大きいため夜間から早朝にかけて地面や葉面上で相当量の水が結露する。利用可能水分量の少ない乾燥地植物にとってこの露は重要な吸水源である可能性が高い。そこで,乾燥地植物がこの露をどの程度,どのような経路で(主根から?不定根から?気孔から?気孔とクチクラから?)利用しているかを解明するため,中国内蒙古自治区・毛烏素沙地において臭柏(Sabina vulgaris Ant.)を対象として茎内水,葉内水,土壌水,露,水蒸気の酸素安定同位体比の分析と樹液流速度や蒸散速度,葉の水ポテンシャル,葉の含水率などの植物体内の水分動態の観測を行った。まだ解析中であるが,今回の発表では樹液流速度や葉の水ポテンシャル,葉の含水率などの変動や,茎内水の酸素安定同位体比と露の酸素安定同位体比の比較,蒸散の際の同位体濃縮および葉内での水の移流・拡散,葉の含水率の時間変化の影響を考慮した葉内水の酸素安定同位体比の理論値と実測値の比較などから,臭柏が夜間に葉から露を吸収している可能性について考察したのでそれを紹介したい。