2008年福岡大会要旨集

企画集会 T02-1
「植物の吸水機能に着目して地上部と地下部の結びつきを考える」  村井麻里(東北農研)

 土壌水分が潤沢にあっても、植物は水を自由に吸い上げられるわけではなく、根の表面積の拡張やアクアポリン(タンパク質でできた生体膜の水透過孔)の多量発現など、吸水を促進するためのコストを投資することにより、ようやく高い気孔コンダクタンスと蒸散速度を実現しているように思われる。気孔を大きく開口することで、植物は光合成、生長を促進することができる。またその結果として、植物群落からの蒸散量は最大で水面蒸発に匹敵するほどの大きさに達する。

 植物体内で水を流れやすく(通水抵抗を低減)することは、光合成・生長にとって有利であるが、水欠乏の環境に遭遇した場合には水の逆流を防ぐなどの保水対策を講じることが生存に不可欠と考えられる。したがって、通水抵抗は小さいほどよいというわけでもなく、むしろ植物は、めまぐるしく変動する環境条件の違いに応じて体内の水の流れを自在に調節する必要があるのではないかと思われる。

植物のアクアポリンは、他の生物種に比べて分子種が多いことが特長で、微生物・単細胞緑藻では数種、ヒトでは13種であるのに対して、イネなどの高等植物では30種以上ものメンバーが存在し、大きなタンパク質ファミリーを形成している。これらのメンバーによって発現部位や水透過活性などが異なることも明らかにされつつある。私達のグループでは、吸水と保水の調節機構におけるアクアポリンの役割を具体的に明らかにすることをめざして、おもにイネを対象作物として研究を進めている。イネ根のアクアポリンの発現量は、地上部の蒸散要求量に応じて増加するもの、減少するもの、変化のないものなど、分子種によって様々で、必ずしも一斉に発現調節されるわけではないことが最近分かってきた。

今回は、植物の吸水機能とアクアポリンに関連した研究を通じて、地上部と地下部のむすびつきについて考えてみたい。


企画集会 T02-2
「葉っぱと根っこはつながっている!:根の呼吸速度の日中低下とその要因」  別宮(坂田)有紀子(都留文科大)

 演者らは、ヒノキとミズナラの根の呼吸速度が日中低下する現象を発見し、生態学会新潟大会(2006年)と松山大会(2007年)で報告した。両種の根の呼吸速度は、光合成速度が上昇する明け方に急激に高くなり、光合成速度が低下する日中に低下するという傾向が春〜秋にかけて見られた。ヒノキとミズナラだけでなく、シラカバ、イヌツゲの稚樹でも根の呼吸速度の日中低下が観測されている(未発表データ)。これらのことから根の呼吸速度の日中低下は常緑・落葉に関わらず木本種で広範におこっている可能性が示唆される。さて、それでは根の呼吸速度の日中低下をもたらしている要因は何なのだろうか?

 演者らは光合成の日中低下と何らかの関係があるのではと考え、2005年にヒノキとミズナラの林冠木を対象に個葉の光合成速度と根の呼吸速度を同時に測定した。さらに2007年には、両種の稚樹を用いて樹冠の光環境を制御しながら、根の呼吸速度と光合成速度を同時に測定し、光合成速度や蒸散速度、気孔コンダクタンス等のパラメーターと、根の呼吸速度の関係を調べた。その結果、根の呼吸速度は、光合成速度ではなく、蒸散速度に反応して増減していることが確認された。蒸散速度の低下がどのように根の呼吸速度の低下をもたらしているのか、その生理的機構に関してはまだ明らかになっていないが、演者らは現在、蒸散流による水や栄養塩の吸収・輸送に伴うエネルギー利用・生産と関係しているのではないかと考えている。


企画集会 T02-3
「根粒形成制御における地上部と地下部のコミュニケーション」  吉良(岡) 恵利佳(東大・院・理)

 マメ科植物は、根に根粒菌との共生器官である根粒を形成する事により、根粒菌が固定した大気窒素を養分として受け取る事ができる。しかし、根粒の器官分化や窒素固定を支えるエネルギーの提供は植物側のコストとなり、過剰な根粒形成は植物の生育を妨げる。そこで植物は、根粒形成抑制機構を備え持つ事により、自身の生育や環境に見合った根粒数に止めて共生のバランスを保っている。根粒形成抑制機構のうち、一旦充分な数の根粒菌が感染するとその後の新たな感染が抑制される機構(根粒形成のオートレギュレーション)は、個体の根粒数に大きく影響する事が知られている。

 根粒形成抑制機構の研究は、抑制が働かない為に根粒数が著しく増加する『根粒過剰着生変異体』を中心に進められてきた。生理学的解析から、オートレギュレーションによる抑制が根とシュート間の遠距離シグナリングを介した全身的なものである事、抑制物質は地上部の中でも葉で作られる可能性が高い事、菌の分泌するNodファクターが根粒形成の開始と抑制の両方に関与する事等が示された。モデルマメ科植物ミヤコグサを用いた分子遺伝学的解析からは、地上部で機能する2つの受容体型キナーゼHAR1とKLAVIER(KLV)が抑制に関与する因子として特定された。その他に、CLE遺伝子群に属するペプチド性因子やCLV2様遺伝子(受容体様タンパク質をコード)の関与も逆遺伝学的解析により示唆された。中でもCLEペプチドは、根粒菌感染により根で特定のCLE遺伝子の発現が上昇し、過剰発現によりシステミック且つHAR1・KLV依存的に根粒形成を抑制する効果が観られた事から、感染を地下部から地上部へと伝える遠距離シグナル因子の候補と考えられる。このような知見に基づき、現在予想されている根粒形成とその抑制に関するモデルを紹介する。


企画集会 T02-4
「樹木細根系の生理機能と生態系機能における異質性 〜根には葉と枝のような機能ユニットはあるのか?〜」  菱 拓雄 (九大・演習林)

 これまで樹木細根の研究は直径階による類別が主流で、1-2mm以下の直径をもつ根を「細根」として生理的に同一の器官として扱ってきた。しかし直径階による類別は概して便宜的に行われており、生理的な説明背景をもっていなかった。近年の研究から、細根は直径階が同一でも呼吸速度、吸収能、死亡率が細根を構成する個々の根で大きく異なることが示されてきている。本発表では、同一細根系内の分枝位置の異なる個根の生理的及び生態学的機能の違いと、それらの関係について概説する。

 樹木細根系の吸収能、呼吸速度などの生理機能は、先端側から基部側に向かって低下する。また、C/N比、リグニン含量は増加する。分枝位置における、これらの変化は、主として加齢とそれに伴う一次組織から二次組織を中心とした組織構成の変化による。

一方で、個根の寿命は、根の先端から基部に向かって長くなり、細根系内の寿命の違いは数週間から数年というオーダーで異なることが知られている。ヒノキ細根系内の個々の根の動態を調べた結果、このような寿命の違いは、分枝位置によって二次成長しない個根、する個根、という先天的な生活環における違いが一因であった。

個々の根の生活環の違いは、それぞれの死亡時における組織構造や化学性の違いを意味し、土壌における分解基質としての役割の違いに反映される。細根系における物質循環上の役割は、根系構造内の機能の違いによって異なる。

これらのことから、先端に吸収型の根が配置され、基部側に支持通導型の根を配置する細根系構造は、単純に頂端分裂組織からの距離に従う加齢傾度によるのではなく、個根の寿命と再生の違いを介して、断続的な齢構成によるものであり、細根系構造内の生理、生態系機能の違いを生じていると捉えられる。