2015年 第62回日本生態学会大会(鹿児島) 植物生理生態自由集会のおしらせ

日時:3月19日(木)18:00−20:00

会場:鹿児島大学 郡元キャンパス(E会場)


[XW-012] 植物生理生態:植物と菌根菌の深い繋がり

企画者: 小笠真由美(東大院・新領域),鎌倉真依(京大・農),杉浦大輔(東大院・理),吉村謙一(森林総研関西)


多くの植物は、根の組織内に侵入した菌類と共生関係を築いており、この共生体を菌根、また共生している菌類を菌根菌とよぶ。菌根菌は植物から光合成産物を供給されて生きており、一方で菌根菌は土壌中に発達させた菌糸を介して窒素やリンなどの土壌栄養塩を吸収し、これらを植物に提供している。特に貧栄養な土壌条件では、植物の生育にとって菌根菌との共生が果たす役割は大きい。従って、植物の生理生態学的機能を考える上でも植物―菌根菌共生は重要な意味を持つが、これまでに生理生態学的視点からその役割や機能に着目した研究事例はあまり多くない。

そこで本集会では、菌根に精通した講演者に、植物と菌根菌の間での栄養塩の輸送プロセスについて、また、菌根菌との共生が植物の生存に及ぼす役割や植物と菌根菌群集の関係についての最新の研究事例を紹介していただく。本集会を通じて、植物の生育・生長において菌根菌が果たす役割について理解を深めると同時に、分野を横断した新たな生理生態学研究の展開についても考えていきたい。

コメンテーター:奈良一秀(東大院・新領域)


趣旨説明―植物生理生態学における菌根菌の重要性
  吉村謙一(森林総研関西)

アーバスキュラー菌根共生におけるリン酸吸収および輸送の分子機構
  菊池裕介(北大院・農)

菌根菌と植物の相互作用が実生更新に与える影響について
  谷口武士(鳥大・乾地研)

外生菌根菌群集に対する宿主樹木と気候の影響
  宮本裕美子(東大院・新領域)



=====発表要旨=====


菊池裕介(北大院・農)「アーバスキュラー菌根共生におけるリン酸吸収および輸送の分子機構 」
 アーバスキュラー菌根菌 (AM菌) 様の微生物と植物の共生が4億年前のデボン紀にはすでに始まっていた証拠が原始的な植物の化石から見つかっている。それはちょうど海から陸に植物が進出し始めた時期に相当し、貧弱な根しか持たなかった原始の陸上植物は、AM菌を利用して養水分を獲得することで乾燥した環境に適応していたと考えられている。
植物がAM共生を行う最大の利点は、菌を介したリン酸吸収の促進にある。リン酸はカルシウム・鉄・アルミニウムなどと難溶性の塩を形成するため土壌中での拡散速度が極めて遅く、その吸収を効率化するためには土壌と接する表面積の拡大が最も有効である。AM菌が土壌中に展開させる菌糸 (外生菌糸) は根毛よりも細く長いため、炭素投資当たりの吸収表面積をより大きくすることができる。また外生菌糸のリン酸吸収能は極めて高く、リン酸の添加後わずか数時間の間に全リンの60–70 %にも達する量をその重合体であるポリリン酸として液胞内に集積することができる。このシステムにより、リン酸が多量に吸収されても細胞質のリン酸レベルは一定に保たれ、土壌からの吸収効率が低下することを防いでいる。また菌糸内には管状の液胞が菌糸長軸方向に沿って伸びており、ポリリン酸はこの管状液胞ネットワーク内を移動し、根内 (内生) 菌糸において再び無機リン酸まで分解されて植物に供給されていると考えられている。

1. ポリリン酸集積時のトランスクリプトーム応答によって引き起こされるリン酸と無機カチオンの半同調的・等量的吸収
演者らは、外生菌糸へのポリリン酸集積と半同調的・等量的に無機カチオン (ナトリウム・カリウム・カルシウム・マグネシウム) が取り込まれることを見出した。またこの時、リン酸輸送、無機カチオン輸送、およびポリリン酸生合成に関与する遺伝子群の発現が上昇していることもわかった。これらの結果から、AM菌が土壌からリン酸を吸収する際には、リン酸輸送・代謝経路に加えて無機カチオンの輸送経路を活性化させることで、ポリリン酸集積に伴って細胞内に多量に蓄積する負電荷を中和していることが示唆された。

2. 宿主の蒸散およびAM菌水輸送体により駆動される菌糸内長距離リン酸輸送
 これまでAM菌の菌糸内リン酸輸送は、ポリリン酸が管状液胞ネットワーク内を単純拡散によって移動するという方向性を持たないメカニズムによってなされていると考えられてきた。一方で演者らは、蒸散により生じる根細胞と菌糸の間の水ポテンシャル差が菌糸内に水流を生み出すことで、菌糸末端から宿主へ”方向性を持った”ポリリン酸輸送が行われるとの仮説を立てた。実際に、宿主の蒸散抑制や内生菌糸で発現している水輸送体遺伝子 (アクアポリン) AQP3のノックダウンがポリリン酸移動速度を低下させることが示され、本研究の仮説が強く支持された。



谷口武士(鳥大・乾地研)「 菌根菌と植物の相互作用が実生更新に与える影響について 」

外生菌根菌と植物の共生関係は陸上生態系で普遍的に観察される共生の1つである。外生菌根共生による利点として、宿主植物の養水分吸収の促進、病害抵抗性の向上、乾燥や塩ストレス耐性の向上などが報告されている。これらの菌根菌の機能は宿主植物の環境への適応性に関与しているため、宿主植物が実生であれば、その定着や更新に大きく影響してくる。また、実生の定着においては、近隣の外生菌根性植物から実生への菌根菌の感染、および菌根菌を介して植物個体間の根が連結された菌糸ネットワークの影響も報告されている。加えて、菌根菌の存在によって樹種間競争が緩和されるという報告もあり、菌根菌は植物群集の動態にも深く関与していると考えられている。また、上記に加えて、実生の定着や植物群集の動態に菌根菌が影響を与える要因として、共生する菌根菌の種類が挙げられる。外生菌根を形成する菌種は非常に多様であり、現在、20,000〜25,000種の菌が存在すると見積もられている。これらの菌種は様々な生理生態的特性を持っており、共生する菌種によって菌根菌の機能も大きく異なると考えられる。演者が行った調査では、実生苗の成長促進、養分吸収、病害抵抗性において、それぞれの菌根菌種がプラスに働く項目とその程度は菌種間で異なっていた。従って、環境への植物の適応性は、どのような環境でどの菌根菌種が共生するのかによっても左右されていると考えられる。菌根菌の重要性が初めて強く認識されたのは、菌根菌が存在しないような場所において菌根菌の有無が宿主植物の定着に与える影響が非常に大きかったことを発端としているが、森林のように多様な菌根菌種が存在する場所では、どのような菌種が共生するのかも非常に大切であり、菌種に着目した研究が今後一層、重要になるであろうと考えられる。



宮本裕美子(東大院・新領域)「外生菌根菌群集に対する宿主樹木と気候の影響」

日本の自然林に広く優占するマツ科、ブナ科、カバノキ科などの樹木は外生菌根菌(以下菌根菌)との共生関係なしでは生存できない。森林内では樹木1種に対し多くの菌根菌種が生息することが知られている。例えば宿主樹木8種ほどの冷温帯林には200〜300種の菌種が生息していると推定されている(Ishida et al. 2007)。菌根菌の多くは宿主特異性を示さず多様な宿主に共生する(ジェネラリスト)と考えられている(Bruns et al. 2002)。一方、特定の樹木にのみ共生する菌種(スペシャリスト)も知られており、ハンノキ属のAlpova菌やマツ属のショウロ属菌(Rhizopogon)が代表的な例である。また、ジェネラリストの菌種でも特定の宿主に「嗜好性」を示す場合が考えられ、ブナ科とマツ科のように系統的に異なる宿主樹木の間では形成される菌根菌の組成(群集)が異なる可能性が指摘されている(Ishida et al. 2007)。これまでの菌根菌群集は、環境が一定な林分内で多く調査されてきたが、近年の急激な環境変化に対する生物の応答を予測する上で、より広域での知見が重要となっている。本研究では宿主樹木によって菌根菌群集がどのように異なるのか、環境が一定な林分内と、気候の異なる林分間で調べた。

標高にそって暖温帯常緑樹林、冷温帯針広混交林、亜高山帯針葉樹林を含む計7つの林分で菌根菌群集を調査した。土壌中の樹木根を採取し、形成されている菌根菌を形態と分子解析によって特定した。また分子解析により菌根宿主を特定し、宿主樹木9属から約450菌種を記録した。結果、針広混交林内では宿主樹木によって菌群集が異なった。林分内では系統的に異なる樹木間で菌種の棲み分けが生じている可能性がある(Ishida et al. 2007, Smith et al. 2009)。一方、広域では菌群集は、宿主よりも気候によって強い影響を受けることが示された(Miyamoto et al. 2014, 2015)。また森林樹木組成と菌群集に相関が見られるものの、因果関係は確認されなかった。よって樹種と菌はそれぞれ個別に気候の影響を受けて同所的に存在している可能性がある。菌根菌群集が気候の影響を受けている可能性はグローバルな観点からも報告されており(Tedersoo et al. 2012, 2014)、気候変動により樹木と共生菌の関係や、菌を介した生態系内の物質循環が影響を受ける可能性が考えられる。