2014年 第61回日本生態学会大会(広島)植物生理生態学 自由集会のおしらせ

日時:3月17日(月) 14:30-16:30

会場:広島国際会議場(H会場)


[XW-009] 樹木のかたち作りを生理生態学的視点から考える

企画者:吉村謙一(森林総研関西)、鎌倉真依(京大・農)、小笠真由美(東大院・新領域)、杉浦大輔(東大院・理)


植物のかたち作りの基本は、光環境や土壌水分・栄養条件に応じて光合成産物や窒素を葉・茎・根へ分配しながら成長していくことである。樹木においては、枝を最小単位として構成される樹形が、自己被陰の回避や他個体との競争を通じて光資源の獲得に大きく影響するため、樹木の成長と生残を決定する主要な要因となっている。一方で、枝間で光合成産物のやり取りは行われないという枝の自律性や、不均質な光環境ではより生産性の高い枝に窒素が集中的に分配されるといった現象が見られるなど、枝の生理生態学的特性もまた樹形形成に制限を与えている。

しかし、時空間的に変動する環境条件が枝の形成や樹形全体に与える影響や、その種間多様性については未解明の点が多い。光や水などの資源を利用する上で、樹木個体の生産力とかたち作りの間にはどのような相互作用があるのだろうか。また、日常的に自重や風雪によるストレスを受けている樹木は、力学的安全性と成長とのトレードオフを抱えながら、どのような規範の下に樹形形成を行っているのか。さらに、自立する樹木を拠り所にする木本性つる植物において、枝作りや樹形の種間多様性がそれぞれの種の生活史戦略にどう関わっているのか、という問題も興味深い。

本集会では、樹木個体スケールで上記の課題に取り組んでいる3名の若手研究者の研究を紹介する。これらの講演を通じて、樹木のかたち作りと生理学的機能との関係や規範、さらには種間多様性について理解を深めるとともに、生理生態学を起点に“樹木のかたち”について議論を行う。

コメンテーター:梅木清(千葉大・園芸)



=====発表要旨=====


かたち作りの基本となる物質分配:光とCNバランスをつなぐ植物ホルモンの役割
  杉浦大輔(東大院・理)

植物は、光合成で獲得された炭水化物(C)を葉、茎、根へ分配するという、物質分配によって形作られていく。各器官へ分配されたCは、各器官特有の生理的、物理的な役割を担う。例えば葉は新たに光合成によって新たにCを獲得し、根は無機栄養、特に窒素(N)や水を吸収し、茎は葉を支えると同時に根で吸収された物質の通り道となる。このような各器官への物質分配パターンは、光環境や土壌N条件に応じて大きく変化し、植物の成長速度を決定する大きな要因となる。これまでの多くの研究から、個体レベルの物質分配、例えば葉と根のバランスは、土壌のN可用性と、光環境で決まる葉のNの需要に応じて、相対成長速度(RGR)を最大化するように調節されていることが示されてきた。これらのことから、植物体は、根でどれだけNを吸収したか、葉でどれだけNを必要とし、どれだけ光合成をしているか、そして現状の葉と根のバランスはどうなっているのか、を認識し、物質分配を調節していると考えられる。N条件に関しては植物ホルモンの一つであるサイトカイニン(CKs)が関与していることは知られているが、その他どのようなシグナル物質が関与し、どのような仕組みで物質分配が調節されているかについては不明な点が多い。

発表者らは、植物ホルモンが物質分配を調節するシグナルであると仮説を立て、外生植物ホルモンの添加による形態変化の解析と、光環境・N条件に応じた形態変化と内生植物ホルモンの定量解析から、これらの問題に取り組んできた。植物ホルモンとしては、CKsに加え、光に応じた形態形成に関与するジベレリン(GAs)やその生合成阻害剤に着目した。

これらの実験結果から、(1) 外生GAsやCKsなどによる形態変化は個体レベルのN吸収量と、葉の生理的形質の変化を通じてRGRを変化させること、(2) 光環境やN条件の変化に応じて高レベルの内生GAsやCKsを示した個体の形態は、外生GAsやCKsを与えたときの形態と類似していること、が分かった。また、(3) 葉や茎頂における内生のGAs量は、葉の損失や土壌N条件の変化に応じて増減し、葉と根の光合成産物分配比を良い相関を示した。これらの結果から、植物ホルモンが物質分配を調節するメカニズムについて、CNバランスと植物ホルモンに注目して議論する。




光合成・水分利用からみた光環境と樹形構造
  吉村謙一(森林総研関西)

森林に生育する樹木は毎年シュートを伸長させ、そのシュート生産が積み重なることによって樹形構造を形成する。光環境はシュート伸長に影響を及ぼすため、樹形構造は光環境によって大きく異なることが知られている。一方で、水分環境もシュート伸長や樹形構造に影響を与えると考えられており、光および水分は樹形構造を形成する上で重要な制御要因となっている。森林の林冠部は充分な太陽光が照射されるが、蒸散効率が高いため水分ストレス下におかれやすい。一方で林床面は暗い環境にあるため、光ストレス下におかれやすい。樹木は充分な光合成生産をおこない、かつ水分欠乏を抑制しながら生育する必要があり、それぞれのおかれた環境条件に適応した樹形構造をもつと考えられる。そこで、生活史の中でおかれる環境が異なると考えられる低木樹種と高木樹種においてそれぞれどのように樹形構造が形成され、またそれらが水分利用や光合成生産とどのように結びついているか調べた。

その結果として、低木樹種・高木樹種に関わらず生育初期の樹高生長期には主軸は側枝に比べると高い生長を示し、樹高がある程度高くなると主軸と側枝に生長差はみられなくなっていることがわかった。通水性と樹形構造の面からみると、低木樹種は道管径が小さく通水性が低い枝の枯死率が高く、通水性の高い枝が残っていくという樹冠発達パターンを示し、高木樹種では通水性の高い枝において分枝率が高くなるといった樹冠発達パターンを示した。また、低木樹種では通水性の低い枝によって自己被陰が小さくなるような葉群配置がみられ、高木樹種では通水性が低く、分枝率が低い枝の方が葉面積は大きかった。低木樹種や高木樹種に限らず、通水性のよい枝と劣る枝を「使い分け」ていることが示唆され、樹形構造の骨格を通水性のよい枝で形成し、通水性の劣るシュートによって光合成生産にとって重要となる葉群配置を規定していた。




樹木にかかる力学ストレスの実測による樹形形成規範の探索
  南野亮子(東大院・日光植物園)

樹木は常に荷重によるストレスにさらされている。現実の樹木はそれまで経験した荷重に従い高さ成長と肥大成長のバランスを調節していると考えられており、実際に周囲の環境によって樹木の高さあたりの基部直径が変化することが知られている(King 1981)。樹形の力学的制約には2つの仮説がある。一つは、枝あるいは幹に課せられる力によって枝(幹)内に生じる力(応力)が一様になるように樹形が作られるというuniform stress仮説、もう一つは、荷重によって枝あるいは幹に変形が生じたときに変形後の形がサイズによらず一つに決まるというelastic similarity仮説である(McMahon and Kronauer 1976)。これらの仮説はアロメトリー式に還元された形で検証されてきたが、木にかかる力の実測による検証を行った研究は少ない。近年では、技術の発達により生きた木にかかる力を直接的に測定することが可能になってきた。本講演では、木の幹あるいは枝に実際に課せられる荷重の測定により力学仮説を検証した結果を紹介する。

(1)カラマツ孤立木にかかる風による応力
樹木の幹は風荷重の影響を強く受け、強風による倒木がしばしばみられる。そのため、幹の力学的制約を考えるときにはしばしば風により内部に発生する力に焦点があてられる。幹の形は風力に対して一様応力であるかどうかが議論されてきたが、いまだ決着はついていない。本研究ではカラマツ孤立木幹に関して、複数の高さにおいて風により幹に生じる応力の長期計測を一年間行い、幹に沿って現れる応力が一様であるかどうかを確かめた。年間を通じて観測された風速の範囲において、葉の有無に関わらず幹の先端に近いところほど風による応力が大きいことが分かった。

(2)水平枝の形態と重力との関係
水平枝は幹とは異なり、風等の外的な力に加え自重による曲げの力を常に受ける。この力が枝の形態形成に対してどれだけの影響を与えるかは枝の環境により変わりうるが、自重による制約が幹と異なる形で枝の形態形成にかかわることは容易に想像される。本研究では、ブナとウラジロモミの水平枝について、自重及び風などの動的荷重により生じる曲げ応力を測定した。この環境においては、枝が年間に経験した風あるいは雪による応力は自重により生じる応力を超えるほど大きいものではなかった。自重が枝の各部位に与える応力及び安全率(=破壊に必要な応力/作用する応力)は枝内での位置によらず一定の範囲に収まっており(ブナの細枝を除く)、自重が力学的制約としてこれら2種の水平枝の形態形成に大きく寄与していることが示唆された。




木本性つる植物における枝作りと成長の特性、及びその多様性について
  市橋隆自(九大・演習林)

つる植物は自重支持を外部のものに依存する植物の総称である。多くの植物分類群において自立する生活形から独立に進化しており、その中には一年生の草本種から、長い時間をかけて成長する森林生の木本種まで多様な生活様式を含んでいる。本講演では木本性つる植物の「枝作り」を軸にした研究結果から、「自立しない」道に進んだ植物に生じる利点と制限の一端、またつる植物の種間に見られる多様な成長戦略について概説したい。

「自重支持の依存により、つる植物は短期的に大きな伸長成長が可能になったが、長期的には、自立できないことが成長を制限する要因になる」
冷温帯林の落葉つる植物9種を対象にしたアロメトリー解析の結果、つる植物は同じ地上部重の樹木に比べ、葉重と当年茎重(伸長成長への投資に近似)が数倍大きく、またより高い位置に到達していた。一方で、年輪数を基に野外での成長速度を比べると、高さ成長は樹木と同程度、地上部重は同齢の樹木よりも一桁小さかった。各個体の茎の骨組み総延長と、当年の総伸長量のバランスから、つる植物は林冠に達するまでの過程で、伸ばした茎の、長さにして最大80%近くを失っていることが示唆された。大規模な茎喪失は、支持物探索の失敗や、ホストの枯死に伴って生じたと考えられた。

「アグレッシブな種と片利共生的な種の戦略的分化」
同所的に生育するつる植物4種の中で、主に林縁やギャップで更新する種(サルナシ、ツルウメモドキ)と林内で更新する種(マツブサ、イワガラミ)の分化が認められた。林冠の大型個体において、前者(特にサルナシ)は林冠の上に出て多くのホスト樹冠に広がり続けたが、後者は少数のホスト樹冠内部の陰に止まっていた。当年枝の構造を調べると、前者は探索枝(支持物獲得に特化したシュート:巻き付く、貼り付く)への投資が大きく、個々の探索枝が長い(ホスト獲得能力が高い)という特徴があり、後者は葉への投資が大きかった。また成長過程を通じた茎伸長量・そのうちの喪失した茎の割合共に前者の方が大きかった。このような枝の作り方は、両者の成長環境と成長戦略の違い(ホストの成長・枯死の動態が激しい環境で次々とホストを乗り移るか、光の乏しい環境で少数のホストとゆっくりと成長するか)を反映するものと考えられた。