2013年 第60回日本生態学会大会(静岡)植物生理生態学 自由集会のおしらせ

日程:2013年3月7日(木)18:00-20:00
会場:静岡県コンベンションアーツセンター(グランシップ静岡)


W35 植物の生理生態:水輸送を細胞、個体、群落レベルで考える

企画者:田副雄士(京大・生命科学)、宮崎祐子(岡大・環境)、野田響(筑波大・生命環境)、杉浦大輔(東大・理)、小笠真由美(東大・新領域)

日常的に水分ストレスにさらされている陸上植物にとって、水をいかに有効利用するかは個体の成長、生存戦略の鍵となっている。一方、植物個体内で葉へと輸送された水は、光合成に伴う蒸散を通じて、植物群落から大気へと輸送される。近年の地球規模の気候変動は、生態系の大規模な変化を引き起こすことが懸念されており、陸上生態系においてバイオマスの大部分を占める樹木の水輸送特性についての研究は、今後、将来的な森林の動態、さらには森林の機能変化を予測する上で非常に重要である。
多量の水分を必要とする樹木において、着葉期間における根から葉までの水の長距離輸送は、蒸散による葉からの失水を駆動力として大気圧を下回る陰圧下で行われていることから、常に道管内で水切れ(キャビテーション)の危険にさらされている。これまで、キャビテーションによって低下した通水機能は短期的には回復しないとされてきたが、近年、通水機能が短時間で回復することが報告されており、樹木の水輸送に対して新たな議論が展開されている。さらに、木部の水輸送機能は、葉への水分供給効率を決定することから、光合成や葉の水分生理、さらには成長速度や材密度といった成長特性との関連性についての研究も進んでいる。
本集会では、樹木の水輸送に関する最新の知見について統合的に理解するために、細胞(道管)、個体、さらには群落レベルまで、様々なスケールで研究を行っている若手から研究紹介を行う。これらの講演を通じて、陸上植物と水との関係について理解を深めるとともに、水輸送の面から植物のパフォーマンスについて議論を行う。


***発表要旨***

道管という死細胞がどのようにして水輸送能力を維持しているのか?−エンボリズムとその回復−

○大條弘貴,種子田春彦,寺島一郎(東京大・理)

水ストレス下にある植物の茎では高い陰圧が道管液にかかる.この高い陰圧によって木部にある気体が道管表面にある壁孔を通して道管内腔へ引き込まれると,気体が道管内腔に広がって水の輸送を妨げてしまう.この現象をエンボリズムと呼ぶ.エンボリズムを起こした道管が水輸送能力を回復するには,道管内腔を陽圧に保って内部にある気体を周囲の水に溶かしこみ,道管内を水で再充填する必要がある(Tyree and Yang, 1992).一方で,内腔の水に陰圧がかかっている機能している道管と内腔の水に陽圧がかかっている再充填中の道管とが隣接して共存する状況でも,エンボリズムを起こした道管へ水が再充填される現象が多くの植物種で報告されている.こうした状況では,一見すると,再充填中の道管内の水が周囲の陰圧下にある道管へ引き込まれてしまい,結果として再充填は決して完成しないように思える.
この問題を解決するために,これまでに2つの仮説が提案されている.ひとつの仮説は,再充填中の道管の壁孔内に気泡が入り込んだ構造(pit valve構造)がつくられることを仮定している.壁孔内の気泡によって,再充填中の道管の内腔にある水は周囲の道管にある水から隔離される.また,壁孔内の気泡と道管内腔の水との境界面では,壁孔の細胞壁が弱い親水性を示すために道管内腔にかかる陽圧とは反対の方向に表面張力による力が働く.このために,これらの力が釣り合っている限りにおいてpit valve構造は安定して存在し,再充填中の道管では陽圧を維持することができるとしている(pit valve説, Holbrook & Zwieniecki 1999).もうひとつの仮説は,道管間の壁孔内にある薄い細胞壁の膜(壁孔膜)を通れないような高分子量の糖を,道管周囲の柔細胞が能動的に道管内腔へ輸送することを仮定している.このとき,高分子の糖に対して壁孔膜は半透性を示す.このことで,再充填中の道管にある水は高い浸透濃度を保つことができ,さらには周囲の道管の水をむしろ引き込むことができるとしている(半透膜説,Hacke and Sperry 2003).
本講演では,陰圧下における茎の通水機能の回復に関する研究の現状を紹介するともに,これら2つの仮説の検証を試みた我々の研究の成果を報告する.



温帯性広葉樹における水輸送機能の維持特性:キャビテーション抵抗性と木部の回復性

○小笠真由美(東京大・新領域),三木直子(岡山大・環境生命),福田健二(東京大・新領域)

乾燥ストレスに伴う木部道管の空洞化(キャビテーション)に対する抵抗性は種によって様々であり,キャビテーション抵抗性の低い(キャビテーションに対して脆弱な)種ほど木部で通水阻害が起こりやすい.では,変動する水分条件下で生育する樹木にとって,キャビテーション抵抗性の低さはどう補償されているのか?近年,道管の再充填により木部の通水機能が回復するとの報告が増えつつある.本研究では,樹木の水輸送機能の維持特性を明らかにするため,キャビテーション抵抗性と木部の通水機能の回復性を調べた.また,様々な機能的および構造的特性(ガス交換速度や木部構造など)を調べ,水輸送機能との関連性を検討した.
その結果,キャビテーション抵抗性と同様に木部の通水機能の回復性も種によって異なること,キャビテーション抵抗性の低い種ほど木部の通水機能の回復性が高いことが明らかとなった.このことは,樹木が変動する水分条件下でも木部の水輸送機能を維持するしくみを持っていることを示唆する.また,キャビテーション抵抗性と木部の回復性は材密度とそれぞれ正と負の相関があった.材密度が低い種ほどキャビテーション抵抗性は低いが木部の回復性が高かったことから,材密度が,力学的強度との関連からキャビテーション抵抗性を決定する(Hacke et al. 2001)だけでなく,木部の貯水性(道管の再充填の際の水路もしくは水源となる?)との関連から通水機能の回復の程度を決定する可能性が示唆された.材密度は,成長速度(Chave et al. 2009)やガス交換速度(Santiago et al. 2004)などとも関連することから,樹木の水輸送機能の維持特性は,材密度を要として種の成長特性や機能的特性と相互に関連しているだろう.



高木の樹冠における水ストレスと葉の水分生理特性:樹高100mのセコイアメスギにみられる調節メカニズム
○東若菜,石井弘明(神戸大・農),Stephen C. Sillett(Humboldt State Univ.)

高木の樹冠上部の水ストレスは,現在,樹木の樹高成長を規定するもっとも有力な制限要因であると考えられている(Ryan et al. 2006; Meinzer et al. 2010).樹高60mを超える北米の針葉樹では,樹高の増加にともなう水輸送距離の延長や重力勾配で増加する静水圧が,葉の形態特性を規定すると考えられており,樹冠上部の葉は小型化して葉面積当たりの光合成速度が低下するなど,樹冠上部の生理機能が水ストレスにより抑制されることが示唆されている(Woodruff et al. 2004; Ishii et al. 2008).しかし,超高木の樹冠の水ストレスを実測した研究は極めて少ない.そこで,樹高世界一のセコイアメスギを対象に,水ストレスと葉の水分生理特性の因果関係を明らかにするため,北米カリフォルニア州において,樹高100m以上の樹冠部から葉を直接採取し,測定をおこなった.
研究結果から,セコイアメスギの葉がうける水ストレスの程度は,これまでの理論的予測に反して樹冠内の高さによらず一定であることが明らかとなった.また,同種の分布北限および南限でこの傾向に変異はなかった.これらのことから,同種の普遍的な生理特性として,樹冠上部には物理的に増加する水ストレスを補償する何らかの調節メカニズムが働いていることが示唆された.そこで,樹木の貯水機能に着目して測定をおこなった結果,樹冠下部から上部にかけて葉の貯水能力および多肉度が上昇することが明らかとなり,また,貯水に関与すると考えられる葉内の組織や細胞が観察された.葉における貯水は主幹や枝に比べて貯水量が少ないことから,個体全体の水利用においてこれまであまり重要視されてこなかったが,葉の貯水により短時間で仮道管が再充填されることは,蒸散などの急激な水分損失が生じやすい葉において水ストレスの回避に寄与していることが考えられる.
本集会では,樹木の樹高成長に関わる水輸送について,水ストレスによる生理機能の制限という従来の知見に加えて,樹木による“適応”という観点を取り入れ,そのメカニズムについて議論したい.



気孔開閉と森林のガス交換特性
○高梨聡(森林総研

地球の二酸化炭素濃度を軽減する対策の一つとして,森林の二酸化炭素吸収能力を最大限引き出すことが期待されている.植物は二酸化炭素を気孔から取り込み,光合成することによって自らを生長させている一方で,気孔から二酸化炭素を取り込む際に,葉内の水が蒸発する(蒸散作用).蒸散作用によって,水分が失われるため,気孔の開度を調節することによって,植物は二酸化炭素を取り込みつつ,水分が失われないようにしているため,二酸化炭素吸収機能は水分条件と密接にリンクしている.また,蒸散作用は,潜熱としてエネルギーを放出することによって,葉温を下げる作用や,太陽からの放射エネルギーから周辺の気温を上げる顕熱を減らすという作用を持ち,気候変動に対しても影響を与えている.
小型安定的な赤外線ガスアナライザーの登場により,即時的に二酸化炭素や水蒸気濃度が測定できるようになり,個葉レベルでは携帯型の光合成・蒸散測定装置が開発され,野外において様々な研究が行われている.同様に,渦相関法の登場により,直接的に群落レベルでの光合成・蒸発散量を測定できるようになってきている.渦相関法では30分単位という時間解像度で,自然条件下において群落レベルでの光合成・蒸散量を連続的に測定できるようになり,森林ガス交換特性の環境応答特性などの解析が可能になってきている.
渦相関法では群落内部のプロセスについては測定することはできない.一方で,個葉レベルでの測定では,自然条件下での長期連続的な測定は不可能に近い.したがって,渦相関法での観測と個葉レベルでの測定を相互に比較し合うことにより,より真実に近い森林生態系における水・炭素循環過程に迫れると考えられる.我々のグループが熱帯雨林において行った個葉レベルの測定からは,不均一な気孔閉鎖に伴う光合成の日中低下が起こっていること,ガス交換特性に鉛直分布が存在することなどが明らかとなっている.また同時に行なっている渦相関法による長期連続観測結果から,少雨期でも安定的な蒸発散が行われていること,少雨期には総一次生産量(GPP) が若干減少するとともに,生態系呼吸量も減少し,純生態系生産量(NEP)が安定的になっていることなどが示唆されている.森林生態系では多層構造を持つため,単純な積み上げによる比較は難しいが,群落レベルで観測されること,個葉で観測されることの類似性と違いについて,多層構造を考慮したモデルを用いて検討した結果を発表する.